mixiユーザー(id:5708627)

2023年12月06日00:58

57 view

老眼鏡に、群青が映っている。

○2009年04月30日の日記再掲載

 その二人のやさしさは素直で、普通で、(ああ、こんな気持ちのいいやさしさに触れることができたら、人は気持ちよく死ねるだろうな)、老人が出ている番組でいささか不穏当な表現かもしれないが、でもほんとに、ほんとに、あまりのやさしさにそう思えてしまったのだ。

 NHKの「にっぽん紀行」、93歳と89歳の漁師夫婦の生活を捉えたドキュメンタリーを見た。それはもう小津の「東京物語」そのままを見たような感動だったよ。

 二人は、小さな舟で鰹漁に出る。でも、トカヤク(シイラのこと)しか釣れない。
「トカヤクは鰹と一緒に暮らしとるんよ」
 それでもやっと鰹がかかった。2本いっぺんにかかった。でも寸前のところで、口からばれてしまう。

 その日は、数本のトカヤクだけで港に戻る。
「沖に出るっちゅう、気概だけでも大したもんですよ。まねできません」
 浜でひとまわり下の漁師(と言ってもどう見ても70代なのだが)がやさしそうに老漁師のことを語っている。

 大きな船でたくさんの漁師の差配をしていたのだという。70歳になってから、小さな舟でたったひとりの漁をはじめた。
「その船は買ったんですか」
「おー、そうやったかなぁ」
 それからもう20年以上もたっている。

「船から降りたら、1年もたたんうちに、亡くなったりするとですよ」
「わしを長生きさせたかったら、漁師を続けさせっと」
 93歳の老漁師は話す。
 89歳の老妻はただ黙っている。

 次の日、片道3時間をかけていつもよりずっと遠い沖合いに出てみる。海の色はすっかり群青になり、波はうねっている。

 89歳は、ついこの間まで船に乗ることはなかったのだ。でも93歳が死ぬまで漁師をやめないことを承知すると、「それじゃあ」と一緒に船に乗るようになった。それでもまだ1年ほどしかたっていない。


 実のところ89歳は、船に乗り移ることさえおぼつかない足取りだ。けれども乗る。

「漁をしてて、船から落ちるかもしれん。でも、なにかあった時、見取ってやらにゃあならんですから」
「そん時、わしにゃあ、なにもできんですけどね」

「あん人が船から落ちたら、わしも共に身を投げるかもしれませんのぉ」

 船べりより低くなった船室の中で、まるで「おはよう」とあいさつをするように、89歳は普通に話す。

 嘘のない言葉というのは、力みもなければ、テレもない。「おはようございます、共に身を投げますよ」と言われてどう言い返していいものか、若いものには無理だ。少しだけやり過ごす。

 93歳を確かめるように、船室から船先(さき)の方にふっと振り返る。93歳は遠く海を見つめている。あっとぼくは気が付いた。89歳は眼鏡をかけていた。眼鏡をかけて、じっと見守るように93歳を見つめていた。眼鏡をかけていたのは、この時だけだった。

 つまり本気なのだ。本気で見守っているんだ。
「あっしのお父さんが、海に落ちたかどうか確かねばならない」
だからメガネをかけている。

 数時間後、やっと今年初の鰹が一本釣れた。老夫婦は少し、少しだけニッコリした。今年初の鰹は、二人が今年も生きているという手応えそのものなんだろう。ぼくはもうグショグショだった。なにがだよって、いや、もう泣けてくるのさ。

 港に上がると、二人をポツネンと立てかけられた3輪自転車が待っている。89歳の3輪自転車の荷台に93歳が座ると、家に帰って行く。ごくわずかな坂をいなすように右に左に蛇行しながら走って行く。

 右にゆれ、左にゆれ、ゆっくり、ゆっくり走っていく。手前を猫が横切る、二人より大分、早い。
0 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年12月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31