長いトンネル抜けました。
あかるい海が見えました。
ジョンFケネディの滑走路は、春の光に跳ね返すあかるい海岸線のように藤圭子には見えていた。きっとね。
「あたしたちの行く先々で春がはじまるよ」
大分後(88年)のことになるが星野哲郎の「旅路」の詩そのままに。光は舞い、こころは踊る、「行く春」というやつさ。ただただ楽しい、そうかなあ。いやもう少し圭子のこの時の気持ちに探って見ると、
「そう思わなくてはいけない」
と藤圭子は固く固くこころに決めていたのではないかと思えてくる。それこそ「女の意地」なんだ。ぼくは、そう思う。こればかりは、男にはわかりゃしない。
あゞもうすぐ
私 もうすぐ
倖せになる〜
女が倖せになる。男にはなかなかわからないことだけど、子供を産むという人生の折り返し点を、十分に満足しながら進むことができた女性の満足感、心地よさ。藤圭子は倖せの香りを体いっぱい体現していたのだと思う。
であれば良い、あーよかったね。みんなで祝おうよ。ウォール街の紙吹雪のように、おめでとうの声は藤圭子のこころに降ってくる。
藤圭子はこうしてN.Yに戻っていた。授かった子供を、産むために。
ここからあまり情報は伝わらなくなってくる。でも、それはいいことだよ。倖せの旅路なんだから。
「それなりに楽しくやっていたわよ」
「大きなお腹で、手料理を作ってくれてね、ご馳走してくれたりしたわ」
残間里江子の声がわずかに聞こえてくるだけ。しかし、藤圭子が手料理を作ったという記事は、生涯この時の一行だけ、ほんとのような、残間里江子のサービスのような面白い一行。ま、幸福な家族であるのだったら、もうそれはなにもいう事はないのです。
出産の前に、ニューヨークでやらなければならない大切な仕事があります。それは生まれてくる子どもの名前をつけること。
これには母から続く、家族の重大な用件が関わってきます。日本での検査の中でいくつかのことがわかっています。藤圭子の母親の目は、栄養のせいでもないし、病気でもない、遺伝性の疾患であること。「網膜色素変性症」という名称そして、進行を抑えることはできても、完治はできないこと。そして、藤圭子にもすでに発病の兆しが現れているというのです。
藤圭子は、生まれてくる子のために願いを立てます。
「さあ、神様、生まれてくるあたしの子の光を奪わないでください」
願いは、ヒカルという名前になりました。
藤圭子は帝王切開で出産しています。なかなか産気づかなくて、これ以上はいよいよ危ないということで帝王切開に踏み切ります。
手術台の上、全身麻酔の朦朧の中でほんのいっときうっすら目をさます。
「あー、あの人の声がする。これで大丈夫だわ」
宇多田の声をかすかに聞いて、大事な仕事を終えた圭子は眠ります。
生まれてきた子は、赤黒くぐったりしていて声を出さなかったそうです。
「ぼくがオシリを叩いたんだ。そしたらぼくらのヒカルは泣いたよ」
宇多田は藤圭子に、俺が蘇生させ命を助けたんだ、と伝えています。藤圭子はそれをとても感謝していて、ことあるごとにまわりに伝えようとします。けれど赤子が声を出さないのはよくあることだし、オシリを叩き刺激を与えるのも普通こと。ただし、それは医者の仕事で、宇多田の仕事ではないのです。
女の人を感動させるには、あまりによくできたドラマじゃないか。これは、うますぎる。まして藤圭子は……疑るなんてできっこない、女です。
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