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2023年07月03日04:01

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流星のひと。8  新宿スレ違い。

『お元気ですか。思ったより東京での生活は大変です。
 歯を喰いしばってがまんしてるんですが、
 ときどきY君のことをなつかしく思い出します。お会いしたいものです」


 石坂の内弟子になってまもなくの頃、純子(藤圭子)は旭川の中学の同級生Y君に手紙を書いています。北海道を離れるとき一度書いて、これで2通目。レコード会社のオーデションに次々落ち、石坂の次々と連発するシゴキに負けそうな時期だったのかもしれません。
「東京って、ほんとにいいとこなのかな」
そんなことも思いはじめていたのでしょう。

(純子の言葉で続けます)
 旭川の中学時代、わたしにはとても仲良しの男子がいました。Y君です。
 学校の帰りに市内にある常磐公園に行き何時間もおしゃべりをしたり、市内を流れる石狩川のほとりを歩いたり、Y君の家でトランプをしたりという仲間です。

 そのY君に、ある日、舞台で歌をうたっている最中に出くわしてしまったのです。旅回りで、だんだん家に近づいて予感みたいなものはあったのです。
 客席の中ほどにY君がいたのです。Y君は目を丸くしてわたしを見つめていました。わたしは一曲、歌い終わると急いで楽屋へかけ込みました。

(もう終わりだ……)こんな絶望感だけががわたしの胸のうちをよぎりました。

「お母ちゃんがわるいのよ。学校の近くで歌うのは、いやだっていったのに、友だちに見られたのよ」
 
 母に向かって、わたしは半分泣きながら訴えました。

 わたしはこころの中が空っぽになったみたいになって楽屋口から出ていくと、Y君が立っていました。

「歌よかったよ」
「おれ、ビックリしたよ。うまいなあ。あんなにうまいとは思わなかったよ。歌手になれるよ」
 
 気恥ずかしさでいっぱいだったわたしには、これならなんとか学校にも行けそうだし、あたたかい救いの言葉でした。

 Y君のはげましがなかったら、あの日でわたしは歌をやめていたかも知れません。わたしは涙が落ちてくるのを必死で押えていました。
 

 二通目の手紙が、ちゃんと届いていたのかなと忘れかけそうな時です。
 ある日、Y君から突然、電話がかかってきました。
「ぼくも会いたいんだ』

 いま思えば、Y君もわたしと同じように辛さを抱えた時期だったのかもしれません。仕事先きの横浜からの電話でした。

 わたしたちは、新宿厚生年金会館の前で会う約束をしました。しかし、約束のところで三時間、わたしは立ちつくして待っていましたが、Y君は現れなかったのです。新宿厚生年金会館の前には電話ボックスが左右すっかり離れて二つあって、その両方に一人ずつあてもなく立っているだけでした。

 足が棒のようになり疲れ切った純子は、まるでカラダ中が道路にめり込むように、石坂の家のある新宿6丁目に帰りました。行き違いの中身がわかったのは大分後になってからでした。

 舞台の上から、同級生それも大の仲良しの男の子を見つけた時の驚きと悲しさ。ぼくはこれだけで、藤圭子を一生いたわりたくなってしまう。
(もう終わりだ……)、なんて過剰な潔癖さ。
「あー、ごめん。なんとか頑張って」と、ぼくは声が出る。
 この反応を察するだけで藤圭子の過剰に潔癖な魂は、大きく揺さぶられ、とうに破れそうになっていることがわかる。
「なんとか頑張って、なんとか頑張って」

 でも、でも、まあ、普通の中学生だったんだよね、よかったよね。こころの中で声を出しやり過ごす。
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