「われこそ、そのようないたずらするならば、客人に言いつけてやる」
「紅い花」のサヨコはいたずらをするシンデンのマサジを叱るのだが、もうひとりのサヨコ、藤圭子には闘うためのなんの武器も持っていなかった。親からも離れ、石坂の家で内弟子として生きている。ひとりで、まっさらの素手で生きていた。
「北海道にあって、東京にないものってなんだろう」
夕暮れの東中野の公園のベンチに座って、藤圭子はボンヤリこんな自問を繰り返す。
「そうか星だね、北海道ならもう顔を出していい頃なのに出てこない」
「反対に、北海道になくて、東京にあるもの。それは嘘だよ。北海道に嘘はなかった気がするけど、でも東京は嘘がいっぱいある」
自問するたびに少しずつ時間が経ち、日は暮れてくる。圭子にはそれで充分だった。
榎本がことの真相を教えてくれる。
まだ17歳の少女がなにかにつけ、石坂に頬を叩かれる。榎本が2人の間に入るのだが、泣きやまない圭子はプイと飛び出してゆく。
「行く先は決まって東中野の公園で、そこから見えるアパートの2階の方の明かりをぼんやり眺めているんだ。彼女が仲良しにしていたグループサウンズの『マー坊』の部屋なんだけど、気持ちが落ち着くまでそれを見ていたね」
その日の原因は、売り込みに行ったTV局でのデモ歌がはじまりだった。なにも理由を言わず帰り道の道路の真ん中でいきなりここで歌えと言う。歌い終わり家に帰ると、頬を張られた。
真っ白な雪の北海道で、シンプルで美しい正義の世界を歩いてきた元オール5はまったく理解不能の状態に落ちいっていた。こころの中の混乱を収めるのは、ただただ夕暮れの穏やかな数時間しかなかった。
東京の職人言葉で言う「モノも言わずに、殴る」などということがこの世の中にあるとは知らなかったし、とても想像できるはずもない。
「それも、わたしにだよ」後々語ったこの言葉に、藤圭子の気持ちは集約されている。中学時代、「彼女の言葉には、1ミリの嘘もない」と同級生に言われていた。そんな自分にどうしてこんな理不尽なことが襲い掛かるのか。まっすぐな圭子の感性は、東京というミキサーの中で強引に砕かれていた。
榎本は一橋大学を出たばかりの新人ディレクターなのだが、まるで偶然のようにサヨコにとっての「言いつけてやる客人」」の役目を果たしてくれている。しかし、それでも限界がある。
「おい、メフィストフェレス、この石坂ってやつは、お前の弟子なのか」
「はい、すべての人は、わたしめの弟子でございます」
ともあれ榎本のおかげでデビューへの作業は着々と進んでいる。
デビュー曲の「新宿の女」のレコーディングは、一度目は上手くいかなかった。わずかだが、キーが合わず散々の出来だった。
榎本の判断で、日を変えアレンジを変え二度目が行なわれた。
「プレイバックしまーす」
スタジオに仮編(かりへん)された曲が流れると、「フーッ」広いスタジオ全体が息を吸い込むような素晴らしい仕上がりになっていた。
「榎本さん、この子はすごいよ」
スタジオのミキサーが、小さな声で圭子の声と歌唱力に賛嘆の言葉を伝えていた。
けれど石坂まさをには、この頃から妙なうずきが立ち上がっていた。「モノも言わずに、殴る」叩き上げ根性の裏側に、「俺の詩が優れているのか、藤圭子が天才なのか」という強い自己承認の欲求が立ち上がっていた。(もしかしたら、コンプレックスを刺激したのかもしれない)
両方よければそれがいい。こんな簡単な答えに至らないのが、わかさなのだろうか。不幸だが、コンプレックスのせいなのだろうか。
「新宿の女」の3番の頭のフレーズが、こうした混乱にわかりやすい答えを出してくれる。
「あなたの夢みて、目が濡れた」
この通俗的で、即物的なフレーズが藤圭子の喉を通ると、いままでにない深度を持つ表現になっている。その鋭さはアートの領域といっても良いのかもしれない。聞くたびにハッとさせる本気の言葉。「港、女、雨」とからかわれ続けてきた歌謡曲の通俗性は、この瞬間に少し質を変えていた。
「新宿の女」はいくつものキャッチーなフレーズを持つ歌なのだが、「あなたの夢みて、目が濡れた」の持つ深度がこの歌を後世まで残る歌に仕上げている。そのことにほとんどの人は依存はないだろう、とぼくは思う。
石坂に榎本ほどの知性があればと思う。だが、反対に、榎本に石坂ほどの土下座ができるかと言えばそれも無理だろう。
解決のしない難題を抱えた新宿の方舟はヒットに向かって進みはじめている。
それにしても叩き上げ根性にこれほど腹を立てたことはない。こんなことがあっていいのか。一から五まで、馬鹿野郎。(六から十までは免じてやる)
注:「圭子の夢は夜ひらく」から「一から十まで馬鹿でした」のフレーズを転用
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