◯2006年12月19日の日記再掲載
有楽町の駅前でミー太郎に会った。いまはない「そごう」の前の交差点だった。
「ねぇ、俺、なんの仕事に見える」
ミー太郎は近所の人気のある菓子屋の息子で、駄菓子も置いていて、いつも子どもたちに店からくすねてきた菓子を配っていた、気のいい子どもだった。
それが、いまは流行りの上等そうなスーツを着て、有楽町の駅前に立っている。よく似合っているし、ぼっちゃん顔のかわいい感じは昔と少しも変わらない。
「どこ、行ってたの」
「ニッポン放送。仕事でね。いま上がり」
当時、ニッポン放送は有楽町にあった。そこを出てきたばかりだと言うのだ。
「ねぇ、俺、なんの仕事に見える」
また聞いた。
「芸能プロダクションのマネージャー」
ぼくは不意に思いついた。それはまったく不意の思いつきで、なんとなく出て来た言葉なのだが、ミー太郎はとたんにがっかりしたようだ。当たっていた、当たってしまったらしい。
「あー、そう。そう見える。やっぱりキーちゃんには勝てねぇな」
ミー太郎こと深野光雄はそれだけ言って、居なくなった。
答えがわかったのは、ひょんなことからだった。
久々の地元のバーでの話だ。ミー太郎の姉さんが、必死にやつを探しているというのだ。
はじめから話せば、そこそこ人気のあるバンドをミー太郎はやっていた。声もかけられ、「それ行け」と芸能界入りしたのだが、バンドブームはやがて山を越して、どうにも売れないし、動きもとれない。食ってもいけない。ミー太郎は自分からバンドのマネージャーになって金まで作って、やっきになっている。果てに、家の権利書まで持ち出しているというのだ。
「ちょっと前だけど有楽町で会ったよ」
ぼくが答えると
「どこにいるか、わかれば姉さん助かるのになぁ」
とマスターは答えた。
ミー太郎にまた会った。こんどは有楽町のマージャン屋だった。
「いまどこに居るのよ。聞かれたよ」
「同じさ。同じとこ」
それ以上は聞けなかった。ぼくらは、会社仲間のマージャンだけど、ミー太郎は相当にきつい勝負をしているようだった。そんな時に、負担になることはとても言えやしない。
ぼくらは、ほんの遊びだし、電車のある時間に帰ったのだが、ミー太郎はまだまだ居続ける様子だ。
「気のいい男がよせばいいのに」と思うのだが話せはしない。
「じゃあな」それだけ言って、ぼくは、帰った。
それから1年後くらい、ミー太郎の店と家は売りに出され、消えた。商店街の1等地だったから、すぐに売れ、あたらしい店が出来た。もう駄菓子屋は街にはいらなくなっていたし、もしかしたらミー太郎もいらなくなったのかもしれない。そんな気がした。
「ミー太郎を芸能界に誘ったのは、俺さ。あいつ馬鹿だよ。なにもかも売っ払ちゃって。そうまでしてくれとは、俺たちは言っていないぜ。馬鹿だよ」
同じバンドのボーカルだった男が吐き出すように言った。
そいつは、いまは実家の水道屋に戻っていた。ボーカルだったそいつにしてみても、もう昔の華やかさはなくて、作業服を着ていて長い髪だけが昔のままの職人姿だった。やっぱりいつかのバーだった。
(じゃあ誰がマネージャーにしたんだ。バカヤロー)
「胸くそ悪いやつだ。お前なんかと飲むのは金輪際だ」
ぼくは、早々に店を出た。
そうして、また有楽町の駅前でミー太郎に会った。
「キーちゃん。俺、なんの仕事に見える」
「やっぱりマネージャーをやってるのかい」
「こんどは当たらないよ。まずね」
ミー太郎は、子どもの時そのままの人なつっこそうな顔で笑っていた。(そうだよ、お前はそういう顔でさ、いいやつなんだ)けれど、いつものあいつらしくなく答えは気が利いていた。
「だって、いま無職だから」
ミー太郎は、笑っていたけど少し恥ずかしそうだった。
また、ぼくは、不意に嫌味なことを言ってしまった。
「ミー太郎、もうお前にはお菓子はないんだよ」
ミー太郎とぼくは、有楽町の駅前で5分くらい立ち尽くした。
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