ジーッ、照りつくような不忍通りをリヤカーがゆっくりゆっくり進んで行く。それもその筈、前後(まえうし)ろに老夫婦が取付いて、後ろの女性ときたら姉さん被りでとても今どきの人とは思えない。
「稲荷町の師匠、どちらへ」
「おう、お前さんかい。声をかけるんなら後ろに付けや」
こうして一行にされちゃった。
稲荷町の師匠とは林家正蔵(後に彦六)、リヤカーに積んだのは「さーて、最後の仕事か」とはじめた芝居噺の道具立て。これがなかなか大物で厄介。後々まで前座や弟子泣かせだった。
稲荷町の長屋に留さんの文治と隣り合わせで住んでいるので、稲荷町の師匠。すぐカッとくるんで、あだ名はトンガリ。
近所の子がボール遊びをしている。ボールがどかーんと長屋に当たる。師匠、やにわに腕まくり、2階の窓に片足をかけ
「うるせいぞ、野郎、俺を誰だと思っているんでぇ」
およしなさい師匠、相手は子供だ。まくりあげた袖が困っちゃう。
面倒見のいい人で、一門が集まるのが大好き、とりわけ誕生日にお祝いを持って全員がご挨拶、これが無常の楽しみ。
「お前(めぇ)たちに、散財させるわけにゃあいけねぇよ。百円のもので充分だ」
中でも孫弟子にあたるのが小朝、これが可愛くて可愛くてたまらない。
当の小朝、器用に考えてアーモンドチョコを小割りにし、銀紙にくるみ小箱に入れた。
「師匠、どうもおめでとうございます」
「お、お、そうかい。ありがたいね」
正蔵、嬉しそうにヒョイとつまんで、(落語家がやるあの手つき)親指と人差し指ではさんで口に入れた。チョコレートが大好きだ。モグモグモグ、しばらくモグモグモグ。
首を傾(かし)げながら、親指と人差し指で何かをつまみ出したのです。
「おい小朝、このチョコレートには種がある」
先代、林家正蔵とはこんな人。デッデーン、毎度のはね太鼓です。
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