mixiユーザー(id:5708627)

2026年10月09日23:53

42 view

「まっさかさまに」どこへ堕ちるのだ ── 再考・東電OL殺人事件と下降のエクスタシー ──

  「まっさかさまに」どこへ堕ちるのだ
── 再考・東電OL殺人事件と下降のエクスタシー ──


 東電OL殺人事件は渋谷区神泉で起きた事件で、発生から30年たっています。
 この原稿は、初出以来、3度の加筆を経ています。W.Y子の心境がそうさせるのか。彼女の心理を追うとどうにも止まらないようです。


        1

 まっさかさまに〜
 堕ちて DESIRE  

 中森明菜が「まっさかさま予言」をしていたのは何年前になるのだろうか。あれから誰が、何人の人間が、時代の奈落に堕ちて、辛酸をなめ尽したのだろうか。そいつはちょっとキリがない。

 ぼくは「東電OL殺人事件」を読み返していた。
 さて、もうほとんどの人は忘れているのかもしれない。平成9年、東電のキャリア管理職の女性が渋谷区神泉で殺害された。しかし、彼女は神泉では誰もが知っている立ちんぼの売春婦だった。

 とまどう落差、昼と夜のあまりに異なる位相。

「どうして?なぜ?」
 日本中を「?」がかけめぐった。そして、いまはもう忘れられているのだろう。
 早いなあ。
 彼女ほど「まっさかさまに堕ちた人」はいないのに。
 東大出の父を持ち、自身は慶大経済出身の女性エコノミストを目指していた、とハタ目には見えていた彼女の人生。
 だが彼女は、もう自分が不都合な自分に成り下がっているのに、気づきはじめていた。きっかけは留学の選抜に漏れた時という指摘もある。だが、それより、経済学の記号としての言葉しか持たない失語した自分に気づいていた。

 彼女は鏡を見た、「のっぺら棒」の自分を見つけてしまった。

 いま都会の人間たちは、(井上陽水みたいだね)自分の位置や身分を守るために、空中に宙吊りになったままの息苦しさに耐えている。落ちなければ足元に大地はやってこないというのに。
 だが、彼女は違った。彼女は自ら、落ちて行くことを選んだのだ。どうしてかと言えば、重力からハガレ下降する自由の中にしか自分の「時」を発見できないと思ったからだ。

 話を急がせてもらおう。「下降するエクスタシー」について話をしてみたい。
 まず「下降するエクスタシー」の体感だ。高速で下るエレベーターに乗り合わせる。あるところで胃の下あたりがスーとする、あの感触だ。
 さて、ここから話が少し複雑になる。

 その時、仮にだが性交をしていて彼女の「時」が訪れたらどうなるのだろう。
 カラダは無重力に包まれ、男に貫かれた尻は無意識に動き出し、仮面のように覆っていた自意識は見事にハガレ宙に舞う。
「ア、ア、ア、ア、アーッ」 「まっさかさまに」奈落というブラックボックスに引き込まれるような快感を覚えるにちがいない。まことに非礼だが劇画のように描写させてもらった。だが、ちょっとこれはすごそうだ。

 実際には「下降する」は意識の問題なので体感とは別次元の話だ、など心理学者に言われそうだが、はは、そうでもないんだよ。(意識は、ただ一度の事実に支配される)ものだ。
 ただしこの話、説明するにはまだまだ長くなる。
 ひとつだけ言っておけば、無重力という空間に「恋した女」はもう戻ることはできなくなっていた。

 何にこだわればいいの
 愛の見えない時代の恋人たちね

 明菜の歌もまだまだ続く。 (この項続く)


        2

 Get up, Get up,
 Get up, burning heart〜

「さあ、目をさまして」
 耳もとでそんな声が聴こえても、彼女は目をさまさなかったにちがいない。

 彼女がいつも駆け込むように飛び乗る井の頭線下り最終は、彼女を乗せずに走り出した。彼女が眠る空き家の木造アパートのすぐ脇を通り過ぎて行った。踏切の音がやがて小さくなった。彼女は、空き部屋の畳の上で衣服をつけたまま死んでいたからだ。

『私の中を風が吹く』という小説を思い出した。(ケッセルの「昼顔」のプロットになった、と言われる小説だ)

 前方から冷気をたっぷり含んだ風が吹いてくる。カラダに触れそうになる。思わず身すくめようとするのだが、驚くようなことが起きる。
 風は何の抵抗もなく「私」のカラダ中を通り抜けていく。空白を抱えるカラダ、すさまじいほどの虚無。カラダの真ん中を45口径どころか450口径ほどの風穴を抱えている。

 空白がつくりだすスカスカした人生は、もはや自分の生さえ希薄にしてしまっている。
 焦燥に追い立てられるのだが、虚無にとりつかれたカラダは箸1本をもつのさえ億劫になっている。
 そんなひどい虚無を彼女は抱えていたような気がする。
ひどい虚無、ひどい鬱。
鬱の存在は拒食症を発症していたことでも理解できる。箸1本どころか食事そのものさえ拒絶してしまう。
(さてここのところが理解してもらえるだろうか)

 巨大な虚無を抱えた人間は何をするのか。

 過激な上昇をしかける時もある。盛大な浪費をする女性などがそれに当たるのだろう。しかしモノは何も救いはしない。上昇をしかけた分だけ激しく大地に叩き付けられる。いわばリバウンドだ。

 では下降はどうなのか。落ち着ける本物の大地が足元に感じられる。そして、「下降するエクスタシー」がやってくる。
彼女は、西永福の家に帰る前にどうしても巨大な虚無を埋める必要があったのだ。
それが、男性器であったり、足りなければ拾い集めるようにした硬貨でさえ役立てたし、ネパール人たちの宿舎を訪ねては破格の価格で交接している。

 虚無のぴっしりと埋まる瞬間にだけ、彼女の時は訪れる。

「彼女が、さあ、あの時にね、よろこびを感じたことなんてないと言っていたよ」
常連客のひとりがそう証言している。ぼくはこの点に大いに疑いをもっている。殺害された夜、階上に住む女子高生が鉄骨の階段を降りる際、彼女の「喘ぎ」を聴いている。

 彼女の人生最後の「声」になったのだが。

 夢はそうよ見る前に
 醒めてしまったら  何にもならない〜


 うーん、長くなったね、明菜の歌をバックに、また次回。


        3

 夜の孤独な長さ
 スキャンダルさえ
 時代のエクスタシーよ〜

 女子高生は、彼女の「喘ぎ」を聴いていた。
ラブホテルのベッドの上で放尿、脱糞をしでかすという破天荒な放埒もある。(反面、律儀に「おわび」をワープロ打ちし、届けていた)

 外国人には、時にすさまじいほどの低料金で、性の仕事が行われていた。
馴染みの初老の紳士との3万円の交接のすぐ後に、外国人との2千円の行為が、それもツケで行われた。この不条理は、何を教えてくれるのか。ほとんどのメディアは「ノルマに拘った」と片付けている。それは、彼女の「時」への距離だと、ぼくは思っている。

 彼女に思いきり声を出させる「時」があったのだ。だが、下降する馴れがいつもそばに来ていて、「もっと遠くに」下降する必要に迫られていたのではないだろうか。彼女が「喘ぐ」ための、非日常という「もっと遠く」の世界のために。
外国人は、きわめて具体的な非日常のありかなのだろう。それが、肉体労働者であればあるほど非日常は肉感を持ち迫ってくる。耳元で囁くわからない言葉でさえ、得難い「新世界」の一部になっていたはずだ。

 江戸時代の武家の女性は、生涯を町内を一歩も出ることなく過ごすことが普通で、それに何の疑問も感じていなかった。と、司馬遼太郎氏は書いている。女性にとって日常こそが大地そのもので、どんどん日常から遠ざかっていく彼女の反日常を欲求する行動は、大地離れするしかない彼女の特異な生理の存在を物語っている。

 現代の人間は「宙づり」になっている。これが、ぼくの仮説の芯になる。

 時代が求める性能をテコに生きる人々、学歴などはその最たるものかもしれない。何本ものロープによって「宙づり」になっている自己。それが現代を生きる人だ。ロープを切れば「まっさかさま」が待ち受けている。

 彼女は、慶応時代、東電を通じ人と絆(きずな)を結ぶことがとても下手な人だった。下手というよりできなかったのかな。
 経済論文の無機質な記号の言葉に裏切られ、自分の中の決定的なコミュニケーションの欠損に気づいた彼女にとって、唯一の本当の言葉は『性』の形を取るしかなかった。
夥しい虚無の果てにようやく見つけたのが性器と性器を結ぶ絆(きずな)。それだけが彼女が見つけだした手応えのあるもの。性という言葉を見つけたのだ。性は記号を離れ、実体を持つ本当の言葉だった。そのためには、どんどん「まっさかさま」に堕ちていくしかなかった。

 さて、駆け足ながら、ぼくなりの答えは見えてきた。

 きっかけはいくつもあるだろう。最愛の父の死。仕事場での失望、これは仕事ではなく、人間的なものだったような気がする。「東電OL殺人事件」の著者、佐野氏は「憶測を書くのはノンフィクションの正道ではない」と書き、あえて微かになだらかに記載している。ぼくもそれに倣おう。

 彼女は「宙づり」になった社会の虚構から、あえて「まっさかさま」に堕ちることで真実を見とどけようとした天使だったような気がする。
「宙づり」を離れた無重力の自由を泳ぐ天使を、誰が責めることができようか。かすかな笑みを浮かべながら時代の底に堕ちてゆく彼女の顔がゆっくり遠ざかる。天使は、無重力に恋をしていた。
 ぼくは、街で今度、君に会ったら「久しぶりだね」と言うよ。

 明菜は歌い予言する

 そうよ みんな 堕天使ね〜

 ちなみに事故の定義では転落は「2メートル以内の落下」、それ以上は「墜落」とされている。彼女は、俗に言う「女性の転落」ではなく、まさしく「墜落」だった。それも「まっさかさま」の。

 ー終わりー
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年10月
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031