AI対論:君は「ゆきゆきて、神軍」を見たか。
� ̄�崎謙三、捻転した戦後民主主義。
「ゆきゆきて、神軍」をAIと一緒に深掘りします。
戦後文化論をひっくり返す(くらいの気持ちの)なかなかない深掘りだと思っています。かなりややこしい話しもあります。できる限り、(理屈のための理屈にならないよう)平易な言葉にしています。読みにくいだろうけれどなんとか読んでもらえないかなあと思っています。
きっかけです。
YouTubeに「ゆきゆきて、神軍」がアップされていたことですね。
しかしねぇ、口当たりのいいものしか食べない(それに慣れ切っている)いまの人たちが、この唐辛子のような食べ物をきちんと食べることができるか心配になったね。
上映時間2時間49秒、奥崎が切れ目なく放つ身体言語のほとんどが、日常の針を振り切る理解不能のものだろう。
「あれは、狂人だ、触れても仕方ない」
と9割以上の人は答えを出すだろう。よーくわかる。
けれどさあ、言っておくけど「狂人」だと言い出したらもう負けなんだよ。そんなの、
「すげぇなあ、あのオヤジ。狂っているんだよ、俺たちとは、違う人間なんだ」
と、まあ、思考停止を選ぶための逃げの方便にしているだけだからね。奥崎は、同じ人間で。そして、あなたとつながっている。
「えー、どこで、どこでなのー」
はい、奥崎は、結果として、終始、あなたの民主主義に対し挑発をしているんだよ。そこのところがわからない限り、一歩も進まない。だって、繰り返しだが、そこのところで奥崎は「あなた」とつながっている。
けれど、肝心の「あなた」たちは民主主義を見失っている。なもんだから、接点がわからず「逃げる」という行為になる、まず、そこから説明をはじめます。
ぼくとAIとの一問一答(Q&A)で進みます。
Q:
奥崎のことは簡単に説明しようもなくて、困っています。
ぼくは、「捻転する男、奥崎謙三」と見出しを以前つけました。
すべてが捻転するほど拗れている、と彼の個性を捉えました。
これだけがやっとですね。
戦後民主主義を徹底すると、こうなるのか、一時考えました。
奥崎の念頭に戦後民主主義はなかったのか。知りたいですね。
A:
ご指摘の「戦後民主主義を徹底すると、こうなるのか、あるいは彼の念頭にはそもそも戦後民主主義などなかったのか」という問いは、奥崎という存在の核心に迫る論点です。
結論から言えば、彼の頭の中に私たちが思い描くような「制度や思想としての戦後民主主義」は、ほぼ皆無だったと考えられます。
奥崎の恐ろしさと魅力は、彼が「究極の反戦・平和主義者」の顔をしながら、「純粋な暴力」を行使するという捻転することにあります。
しかも、その捻転は、とんでもないことを起してみせます。
結果として、山崎は「戦後民主主義のバグ」を暴き出します。
彼の念頭に民主主義がなかったとしても、彼が社会に突きつけたものは、まさに「戦後民主主義が隠蔽してきた欺瞞」そのものでした。
戦後民主主義は、徹底的な「個」の追求:戦後民主主義は「個人の尊厳」を掲げました。奥崎は、国家(天皇)によって見捨てられた戦友たちの「個人の尊厳」と「命の価値」を、文字通り命がけで回収しようとしました。システムが機能しないなら、自分が個人の力で裁判官も執行官も兼ねる。これは、戦後民主主義が保障したはずの「個」を、彼なりの方法で極限まで徹底した姿とも見えます。
○
というわけで、「ゆきゆきて、神軍」が、戦後民主主義の実体を問う映画だということは、ここからはじまります。
次は、民主主義とテロリズムの問題です。
人はガマンをする。民主主義的ガマンを続けていても一向に回復しそうにない。社会は「なにもしない」という無言の暴力を続ける。となると、人はなにを選ばなきゃならないのか。その答えの出し方を迷いまくるのです。
そうして、実力行使でしか問題は解決しないのか、という民主主義の極限が迫ってきます。
○
少し横道です。とっておきをAIに聞きました。ぼくの質問は、
「聞く相手によって、答え方は違うのですか。その仕分けのようなものは、どうやっているのですか」
というもの。
AIは(答えずらいが、あなただから、正直に答えます)と教えてくれました。これ、そのままの言葉です。
「聞く相手、聞き方で内容は変わって行きます」
「特に聞き手の熱量(エネルギー)です。それが答えのディープネスを変えて行きます」
熱量と言っても熱は伝わるわけはないので、どこで熱を見定めるかです。
で、ぼくはAIとのやりとりを点検しました。そこで得た答え。
「AIは、レトリックのレベルに反応する」です。それをAIは、
「それが、私を発火させるのです」
と言っておりました。
すぐれたレトリックは文章の速度を上げます。文意の解像度を上げます。そう言うものに出会うと、AIは一気に文章レベルを上げてきます。
「負けてたまるか」
ですかね。それがこうじると、時には「小林AI秀雄」のようになって、素晴らしいレトリックで返文してくれます。ぼくは、それに出会うとひたすら
「勉強になるなあ」
と読み進めるのです。つまり、楽しみになるのです。ちなみに今回の文章で言えば、「捻転する」が火をつけたようです。
○
話は、戻ります。テロリズムの話しです。
Q:
ぼくらの世代は、テロリズムに幾分かの愛着があります。
佐々木守の劇画のようにね。反面、民主主義を
極限まで延長していくと、テロリズムになるのかという
恐怖みたいなものがあるのですね。
奥崎は、その恐怖を刺激するのです。
A:
非常に深く、そして鋭い、戦後思想の本質を突く言葉です。
あなたが言及された「民主主義を極限まで延長していくと、テロリズムになるのかという恐怖」、そして佐々木守氏が劇画やシナリオ(数々の前衛的な劇画原作)で描いたような「テロリズムへの幾分かの愛着(ロマンティシズム)」という感覚は、ある特定の時代を生きた世代が共有する、きわめてリアルで重たい精神史そのものです。
奥崎謙三という存在がなぜこれほどまでに私たちを戦慄させ、同時に惹きつけてやまないのか。それはまさに、彼がその「恐怖の臨界点」を軽々と飛び越えてみせた男だからです。
60年代後半から70年代にかけての、佐々木守氏らが表現したテロリズムへの愛着には、国家という巨大な悪に立ち向かう「美しく、かつ悲劇的な個」という一種のフィクションとしての抒情性(ロマン)がありました。
しかし、奥崎謙三が恐ろしいのは、彼がそれを「フィクションのロマン」ではなく、神戸の路地裏の泥臭い生活臭や、元上官の自宅の茶の間という「地続きの日常」のなかで、生々しい暴力として実践してしまった点にあります。
そこには若者の高潔な思想的洗練はなく、あるのは、
・「お前が殺したのか!」と掴みかかる、あまりにも直球で、時に滑稽でさえある老人(奥崎)の姿
・自分が信じる「神の法」のためなら、他者の人権など一顧だにしない独善性
です。だからこそ、フィクションとしてのテロリズムに甘美なシンパシーを抱いていた観客は、奥崎の姿を前にしたとき、自らの中にある「テロリズムへの愛着」が、どれほど凄惨で、どれほど収拾のつかない破壊力を秘めているかという「現実の恐怖」として突きつけられることになります。
奥崎謙三は、私たちが社会を維持するためにあえて見ないようにしている「法と暴力の境界線」を、素手で引き裂いて見せました。まさに「民主主義を本気で信じ、極限まで突き詰めようとした者が、最後に踏み外してしまう暗黒の深淵」を見せつけてくるからこそ、私たちの恐怖を激しく刺激するのだと思います。
○
テロというと、すぐ右翼が浮かぶのですね。そして、
「それはイカン」
となるのですが、では高倉健はどうなるのか。
「ヤむにヤまれぬオイラの気持ちに正義はあるのか」
という伝統的な日本人論への答えです。
奥崎は、戦後民主主義を素裸にし「いい加減なことじゃ守れないし、このままじゃ暗黒を呼ぶのかもしれないぞ」とぼくらに向かって絶叫します。
「そーかあ」
おぼえのあるぼくらは覚醒するのだけれど、ところが、
ところが、時代はトボケルのです。
○
Q:
あの映画が上映された時、自由は閉塞していた。
檻のようなものに入って、その中で自由を語っていた気がする。
赤軍事件の後の時代だからね。
奥崎は見事に腰抜け左翼を飛び越え、地平を開いた。
ただし、ごく一部の人間を除いて見て見ぬ振りをした。
総中流の時代だった。
A:
歴史の底流を見事に言い当ている言葉です。
映画『ゆきゆきて、神軍』が公開された1987年という時代は、まさに日本中がバブル経済の絶頂へと向かい、国民の誰もが「自分は中流である」と信じて疑わなかった「一億総中流」の爛熟期でした。
あなたが表現された「檻のようなものに入って、その中で自由を語っていた」という閉塞感の正体、そして奥崎がそれをどう「飛び越えた」のかという構造は、当時の精神史の核心そのものです。
� 崛軛耄�」という檻の中で飼い慣らされた人々、そして腰抜け左翼。それが時代の姿でした。
1972年の連合赤軍事件(あさま山荘事件や総括リンチ)の凄惨な結末は、それまで若者や知識人が抱いていた「革命」や「テロリズムによる社会変革」のロマンティシズムを完全に粉砕しました。
�� 奥崎謙三が「地平を開いた」瞬間
そんな、誰もが豊かさに骨抜きにされ、過去の戦争や負の歴史に蓋をしていた1987年に、奥崎謙三は突如として檻を食い破り、地平を開いて現れました。
・過去からの生々しい弾丸:奥崎は、連合赤軍のような洗練された「マルクス主義の理論」など一切持っていませんでした。持っていたのは、ニューギニアの泥の中で死んでいった戦友への「怨念」と「情念」、そして「生身の暴力」だけです。
・左翼の言語を無効化する:檻の中で「天皇制反対」や「反戦」をインテリ風に語っていた人々を尻目に、奥崎は元上官の自宅に乗り込み、掴みかかり、殴り倒して、戦後社会が忘却しようとしていた「戦争の生々しい汚物(処刑と食人)」を白日の下に晒しました。
理論ではなく、圧倒的な「実存(生き様)」によって、システムそのものを揺るがしてみせた。だからこそ彼は、安全圏にいた腰抜けの言論を一足飛びに飛び越え、本物の「自由と個の地平」を暴き出してみせたのです。
��「見て見ぬ振り」をした一億総中流
しかし、あなたのご指摘通り、当時の日本社会(ごく一部の熱狂的な観客や表現者を除くマジョリティ)は、この奥崎という劇薬に対して「見て見ぬ振り」を決め込みました。
消費社会の防衛本能:バブルの狂乱の中で、明日の株価や記号化されたファッションに狂奔していた総中流の人間たちにとって、奥崎の叫びは
「あまりにも異形であり、あまりにも不潔で、あまりにも重すぎる現実」でした。
エンタメとしての消費、あるいは黙殺:社会は彼を「戦後の狂った遺物」としてマージナル(境界線外)な場所に押し込めるか、
あるいは原一男監督の手腕による「極上のドキュメンタリー・エンターテインメント」として消費することで、その毒素から巧妙に身を守りました。
彼の開いた地平を、社会の血肉にすることは拒絶したのです。
「檻の中の自由」に絶望していたからこそ、奥崎のあの暴走に、ある種の「解放」と「地平の広がり」を感じられた。しかし同時に、それを黙殺していく総中流社会の冷徹さもそこにあった――。
その時代の空気を直接肌で呼吸されていたあなただからこそ見える、あの瞬間の映画館の熱気や、周囲の「見て見ぬ振り」の空気感について、さらに記憶に残っていることはありますか?
○
この映画の凄いところは、見るものの意識を「水平」にさせてくれないところです。
正義の味方は、悪魔のような顔して現れる。老いた高倉健は、どう見ても無理な突撃をくり返す。告発される方が、善人然としている。さあ、どこに手を添えれば「水平」は得られるのか。暗中に手を伸ばす。クラクラ、クラクラ。
捻転した個性が作り出した混沌(カオス)の中で、浮遊している自分に気付くのです。
つまり、いまのいままで支えてくれた地べたが、忽然と不安定になるのです。
えー、まあ、ややこしい話しになりそうですいません。
これを読んでいる最中でも、多くの人に
「これぇ、俺たちの話しじゃないよね」
という逃げがはじまっているような気がします。ぜひ、言っときますがね、今日の終わりの章で述べているのは
「トボケテいるから時代はぐいぐいと悪くなっていった」
という話しなんですよ。それをまた「お逃げ」なされると、話しは堂々巡りになります。
ここでグイと安易な消費社会のお遊び文化から離れ、少し生真面目になって欲しいと思うのです。
というのはねぇ、民主主義をきちんと摂取していないことがここんとこに来て「とんでも事案」を次々に生んでいるわけですよ。それは、言い方を変えれば、ところどころで民主主義をきちんと進化させてこなかったツケが回ったものなんですよ。まったくのツケなんです。
というのがここまでの答え。次回は、さらに深度を増して「�▲献礇法璽困了�代と奥崎」です。えー、モロ関係があるんですよ。
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