言葉の力�◆�
街はいつでも
後ろ姿の 幸せばかり
歌謡曲の詩に名詩というか心に残るものは数多くある。人の数だけある、と言っていいのかもしれない。
その中で、いくつかを選び出せば、これは必ず残るのでしょうね。
岩谷時子の「ウナセラディ東京」です。
作曲の宮川泰が、岩谷調が好きだったんですね、大好き、それが過ぎてしまい楽譜に8小節を書き足して、同録する文京公会堂にやってきた。
「岩谷さんの詩が良くてね、どうしてもここ、ここに(詩が)欲しいんだ。グンと良くなるんだよ」
宮川泰は、8小節を指で示し、宮川節で(知っている人は知っている)小学生のようなオネダリ調子を繰り返す。
さーて、どうしよう、岩谷時子が引き取った。
「皆さんすいません。15分ほどお時間をください、なんとか考えてみます」
岩谷時子は答え、公会堂の一番奥の通路の横、そこに座って窓から表を見てみた。
悲しいことも ないのに
なぜか 涙がにじむ
ウナセラディ東京 ムー…
すると、窓の下ではこれから同録する曲と同じ世界。それがゆっくりスローモーションのように動いていた。
少しの雨、コートを着た男性の背中。傘をすぼめうつむきながら歩く女性、水たまりに映る、にじんだライト。ガラス越しで音は消えている。言葉を探す、岩谷にはうつろで冷めた夕景としか映らない。
この中に、たったいま恋に敗れた女性が歩いていたら、そう思ったら、きっかり思いついた。
通り過ぎる人の意味が定まった。ほんの少し前にはじまったあたしの過去には、人は無関係に行きすぎて行く。
街はいつでも
後ろ姿の 幸せばかり
宮川泰は飛びついた。
「岩谷さん、これ名曲になるよ。歴史に残る名曲になるよ」
大騒ぎでできたばかりの詩を、空いた楽譜に書き込んだ。
いけない人じゃ ないのに
どうして 別れたのかしら
ウナセラディ東京 ムー…
あの人はもう 私のことを
忘れたのかしら とても淋しい
街はいつでも
後ろ姿の 幸せばかり
ウナセラディ東京 ムー…
この話は、実はよく知られている話しです。とうにご存知だったら、すいません。でも、ぼくがここで伝えたいのは、偶然と必然という表現の話し。実は、岩谷時子は文学的飛躍の少ない、どちらかといえばベタな作家でした。
二人を夕闇が つつむこの窓辺に
加山雄三が歌う「君といつまでも」をみるように、日常をトレースする、なぞって行く、そういう詩が岩谷のタッチのはず。それが奇跡を起こさせた。
夜明けのコーヒーは、二人で飲むし、
あなたの燃える手で、私を抱きしめて、
という「必然」の世界に入り込んでいた、岩谷に突如舞い降りた「偶然」。人生の揺らぎを予感させるフレーズ。(それまでの岩谷にはあり得ないはずの)崩れ落ちる日常。
ある意味、岩谷時子はあの15分間のうちに化(ば)けたのではないか。
アルチュール・ランボーは、こうした詩的飛躍を「千里眼」と名付けていた。たった1行で、人生の先の先まで見せてくれる、という意味なのだろう。表現の世界では、この「偶然」を永遠に自分のものに得るために七転八倒する。だが「しばしの間」が限度で、不意にいなくなってしまう。
岩谷時子はこの日の15分間の「偶然」を経験することで、関西風の一本調子の幸せから、人生らしさを手に入れたのだろう。
「いいじゃないの幸せならば」
「夜明けの歌」
など深みを持った作品がこのあたりから生まれるようになって行く。
しかし、それにしても不思議で仕方ない。ベタな作家が突然、東京都文京区の信号の真ん中で宙に浮き、人々を見つめている。15分という急場が、彼女の意識を公会堂の通路から運び出し、信号の真ん中の宙に連れ出したのか。
だとしたら、そいつはもう一人の岩谷時子なのだろうか。
やっぱり答えの出しようがない。
夜がまたくる 思い出連れて
俺を泣かせに 足音もなく
当時、よく対比させられた「さすらい」のフレーズだが、いまとなっては岩谷の方が優勢だろう。(ぼくの判断です)
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