ねぇ、くるみ。
この20年ほどで、いちばん好きな曲はなにかを考えてみたりする。
巡り巡らせてみても、答えは明らかで、それは「くるみ」だ。そう、ミスター・チルドレンの「くるみ」、というタイトルだったねぇ。
八百屋のおっさんが顎を突き出し喘ぐようにかけて行く。エレキベースを抱えて、かけて行く。
人生の「酸欠者」となったおっさんは、酸素を目指して、喘ぎ喘ぎ、走って行く。あの姿を見たら、もうたまらない。
ぼくは、走る姿のバックに流れるフレーズをトボトボと歌いながら、画面を追いかけて行く。まさしく追従者に成り下がっている。
「それはMV(ミュージックビデオ)の話しだよね、音楽の話しじゃなくて」
そう。そうなんだけど、それは世界というもので、画面のおっさんをを追いかけて行くとこまで含め、「くるみ」を好きということなんだ。
○
ある日、いや、ある夜か。
突然、書いていた文章のラストの一行にシカトという言葉が出てきた。いそいで消した。だってぼくが普段、使いっこない言葉だ。
そしたら次に「くるみ」がやってきた。シカトと「くるみ」か。
「くるみ」は、ミスター・チルドレンの「くるみ」で、シカトはあの無視をするという意味のシカトだ。この二つがぼくの頭の中ではつながった。誰にもわからない、迷惑な話。続けていいかなあ。
ねぇ くるみ
この街の景色は君の目にどう映るの?
いまの僕はどう見えるの?
シカトという言葉を書いた。さあ、漢字にしたらどう書くのだろう。迷った。そしたら、クルクルいろんなことが回ってきた。
そう、いろんなことさ。若いヤクザものが吐くように言っていた。
「兄さん、そんなものシカトだよ」
真っ青な顔で、隣の刺青に声をかけていた。
ねぇ くるみ
誰かの優しさも皮肉に聞こえてしまうんだ
そんな時はどうしたらいい?
パチン、札を手の中でひっくり返すと、パチンと音が鳴る。
パチン、裸電球の下、白い布の上に札がはじける。
「しょうがねぇなあ」
そーさ、負けたことはしょうがないのさ。負けたことにシカトするしかないのさ。
白い布の上の札は紅葉の十(とお)だった。
良かった事だけ思い出して
やけに年老いた気持ちになる
とはいえ暮らしの中で
いま動き出そうとしている
歯車のひとつにならなくてはなぁ
紅葉の十札(とおふだ)、「鹿の十(とお)」がその一枚札の名前だった。
あー、だからシカトなんだとぼくはおぼえていた。札の中では鹿がそっぽを向いている。
「あんたのことなんか、あっちゃぁ少しも知らないよ。他をあたってくれ」
鹿の頭はそっぽを向いている。博打の薄情さを
「オイラの顔でも見て、勉強しな」
と教えるように「鹿の十(とお)」は立っている。
希望の数だけ失望は増える
それでも明日に胸は震える
「どんな事が起こるんだろう?」
想像してみるんだよ
いつの頃からだろうか。
鹿の頭がそっぽを向いているから鹿頭で、シカトなんだという人が現れはじめた。だいぶ持っていかれた気がする。話のスジがいいからね。これなら十札(とおふだ)の説明をすることもいらなくなる。
発音だって昔は「シカトオ」だったんだよ。
シカトというツマった音になって、途端に女の子さえ使い出した。
「あんな奴シカトしてやったよ」
ぼくがシカトという言葉を知った時代とのあまりの落差に、聞いてるだけで気恥ずかしくなる。
どうして。
ねぇ くるみ
あれからは一度も涙は流してないよ
でも 本気で笑う事も少ない
シカトというのはねぇ、明日がわかんねぇヤクザもんが使うもんで。家のある子が使うもんじゃない。布団を敷いて待っててくれる人が使うもんじゃない。そう思うのさ。
根無草で、仕方のないやつの言い草さ。
「ママ、結婚しようよ」
「なに馬鹿言ってんの。もうおばあちゃんよ」
「子供だから、好きだの嫌いだの言ってるのよ」
「ママはなんで生きてるの」
「…もっと他のことで生きているのよ」
映画・麻雀放浪記の中での、坊や哲とママの会話。こういうデラシネの世界の通用語なのさ。
希望の数だけ失望は増える それでも明日に胸は震える
「どんな事が起こるんだろう?」 想像してみよう
出会いの数だけ別れは増える それでも希望に胸は震える
引き返しちゃいけないよね 進もう 誰もいない道の上へ
ミスター・チルドレンは、どうして「くるみ」の映像にシカトを持ち出したんだろう。ステージの横に立たせたんだろう。あれ、誰もいなくなると、鹿は黒い目を真っ直ぐこっちを向けている。シカトをやめたのかい。
わからないなあ。
ぼくは、このテーマにシカトできなかった。
「くるみ」は、未来の反対で「過去」なんだと教えてくれるページがあった。
そっかあ、「くるみ」は来未と書いて、未来の反対か。うまいなあ。こびりついて離れない「くるみ」とシカト。シカトというのは無視できない過去のことで、「くるみ」とは過去を呼び出す暗号なんだ。ぼくが「ねぇ くるみ」と歌うと、シカトした過去が戻ってくるんだ。
そうだよね、「ねぇ くるみ」。
主人公の映像のはじまり見るとすぐわかる。いけねぇ、あいつ、泣いてるわ。わかりにくい話が、わかりやすくなりすぎる。
実は、主人公はかつてのボーカルで、八百屋のおっさんたちとバンドを組んでいた。八百屋のおっさんはかつてのみんなともう一度バンドを組もうと駆け込んでいた。過去に駆け込もうとしていた。けれど、走るたびに、自分が誰だかわからなくなっている。
「いいんだ、もう自分が分解してもいいんだ」
八百屋のおっさんは叫んでいる。
おっさんは、誰にもある無視できない過去そのもので、ぼくは過去を呼び出す「くるみ」という暗号によって引き出され広がった、パラレルワールドの中にいる。
まん真ん中にいる。
たった一人の少年おじさん、ランニングシャツを着ようか。
ここまで話せば、なんとか「くるみ」が好きな理由を伝えることができただろうか。あまり自信はない。
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