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2026年04月28日10:55

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大滝詠一マニアになろうか�� ロード・ムービーとしてのマドロス歌謡。

大滝詠一マニアになろうか��
ロード・ムービーとしてのマドロス歌謡。



 ロード・ムービーも、マドロス歌謡も、あまり使われる言葉じゃなくなっていて、そもそも「通用しないテーマ」とされても仕方ない。
 でもね、大滝詠一の文化論がいいんだなあ。

 実のところマドロス歌謡に目を向けようなんて日本人はいない。もはや置き忘れた文化なんだろうね。
 ところがここにも目配りが効いて、解析してる。
 うーん、大滝詠一、ただ者ではない、と感じさせるお仕事です・

 まずロード・ムービーですね。
 ヴィム・ベンダースという映画監督が言いはじめた言葉です。えーと、簡単に言えば、男の人生は「さすらい」だってわけですね。
 旅の中に男を置いて、映画を進行させると「人生のホント」が見えてくる。という映画の手法で、家を捨て(捨てられて)さすらう男を追う映画ですね。
「パリ・テキサス」、いなくなった女房を探し放浪する男。
「さすらい」、家族から見放され一人クルマで放浪する男。
 というような映画があります。

 日本では、山田洋次監督の、
「家族」、九州の三池炭鉱から夕張まで旅する家族の物語です。
「幸福の黄色いハンカチ」、この映画でロード・ムービーを理解した人は多いんじゃないだろうか。

 男と言いましたが、「生きていること」というのが正しいのでしょうが、「さすらう」のは男が多いわけで、どうしても男が主人公になることが多くなります。

 一方、マドロス歌謡なんですが、
 縞のシャツにマドロス帽、バンドの杭(ポラードと言います)に片足かけて、パイプくわえること多々あり、で、こっち向いてニッコリだったりします。
 どだい縞のシャツにマドロス帽のセンスさえ、いまとなっては出所がわからない。わからないがマドロス歌謡の起源は古い。

 上原敏「波止場かたぎ」1938年(昭和13年)を元祖だと、大滝詠一は上げています。
 誕生の文化的背景としては、当時の大陸ブームの中から生まれたともいえるし、股旅物の近代化版ともいえるのですね。ですが、音楽という側面からすると面白い事実が浮かび上がってきます。
 西洋音楽はマーチとして日本化されていったと�,脳紊欧泙靴拭C罎任修猟催世箸覆辰燭里蓮△澗乎痢峽慨魯沺璽繊廚任后�マドロス歌謡は、この船の歌の派生として生まれたし、作りやすかったのではと大滝詠一は言います。

 もうひとつ面白いのは、「軍艦マーチ」(いくさの歌)と対比される平和の歌としての系列をマドロス歌謡が作り出していることがあります。
 田端義夫「島の舟唄」「帰り船」
 岡晴夫「憧れのハワイ航路」、とまでくればテーマは平和以外なにものでもありません。

 軍人とマーチ。
 マドロスと平和。

 面白いし、切ない、海風。
 人は、できるなら水兵よりマドロスになりたかったという「時代の本音」がきこえてきそうです。「さすらい」を自由と翻訳すれば、それはもっと切実なものになってきます。

 大滝詠一があげるマドロス歌謡三部作は、
 �_�晴夫      上原弦人作曲のマドロス歌謡  
 �△劼个蠅離泪疋蹈后,海海任呂犬瓩得爾梁人誉�(色気)
 �9祖�十三番地
 となっている。

 本流は、
 田端義夫と岡晴夫の二代源流、そして
 藤島武夫 「帰りの港」
 三沢あけみ「島育ち」  
 北島三郎 「涙船」
 と続きます。

 そして
 菅原都々子「連絡線の歌」からはじまる系譜(女歌でわかれ歌)もあり、それが
 松山恵子 「未練の波止場」 
 都はるみ 「涙の連絡線」と続き 
 最後は
 石川さゆり「津軽海峡冬景色」
 まで繋がったとしています。

 というようなわけで、かつてマドロス歌謡というのは一大ジャンルを形成していた。そのドラマツルギィというのは「さすらい」なんだろう、というのがこの文章の主題なんですが、1977年「津軽海峡冬景色」からマドロスものは急速に力を失っていきます。

 人は家に落ち着きたくなったのか。中流社会の増大が日本人に「さすらい」を放棄させたのか。

 そんなに難しいことではなくて、いつでも、人は家に落ち着きたくないし、落ち着きたい、という両面を抱えて生きている。現実と虚構のペルソナ、その虚構のペルソナをになっていたひとつがマドロス歌謡で、引いて言えばペルソナとしての神通力を失った時期なのだろう。

 それについて大滝詠一は
「漁業の停滞が、日本人のマドロス離れを起こしたんじゃないか」
 と述べています。岩手県釜石という港町育ちの、大滝にとっての実感なのだろう。ぼくは、普通に
「船がクルマにとって変わられた」
 と思うわけです。

 で、それはね「夜霧の第二国道」にはじまる自動車文化の台頭ということになります。これも、ここまで時間を追ってみればあまりに当然のことですね。
 大滝詠一風に、小林旭で追うと
「さすらい」1962年
「自動車ショー歌」1965年
答えは、だいぶ前から出ていたと言えるのでしょうね。

「さすらい」は「自動車」に乗り替っていくのです。
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