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2026年04月06日03:30

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大滝詠一のマニアになろうか�� ジンタは、長崎からやってきた。

大滝詠一のマニアになろうか��
ジンタは、長崎からやってきた。


 大滝詠一の「日本ポップス伝」を見て(聴いて)いたんですね。するとね、
「近いなあこの人、世代なのかなあ」
ということがたくさんで、関心しきり。なもんで、しばしここから文章を進めてみます。

          ○

 長崎から船に乗って 神戸に着いた
 ここは湊町 女が泣いています

 はい、五木ひろしの「長崎から船に乗って」です。えーと、この歌に特に意味はないのですよー。
 いろんなもの、意外なものが「長崎から来た」というお話しの前振り。その例、美輪明宏もあちら長崎からの相当に意外なお客様です。

 えーと実は、ジンタです、ジンタ。
「ジンタッタ、ジンタッタ」と聴こえたことからジンタという名で呼ばれるようになった、とされている楽曲です。
「ジンタッタ」と町を流すチンドン屋説もありますが、なによりサーカスのテーマソングというのがよく知られているところですね。空中ブランコの映像にジンタのメロディが流れたら、もうサーカスの支度はでき上がります。

 で、このジンタですが元歌は「美しき天然」という曲です。

  空にさえずる 鳥の声
  峯より落つる 滝の音
  大波小波 とうとうと
  響き絶やせぬ 海の音
  
「空にさえずる」というところが、実に味わい深いジンタ感を出してくれるところですね。教科書に乗っている曲でもあり、ほとんどの人は知っている。(戦前の曲ですが昭和24年から、再掲載になりました)

 大滝詠一解説によれば、日本という国は明治期、西洋音階を学習するのに行進曲を多用した、というのですね。
 で、そのひとつの頂点がこの「天然の美」であり、ジンタだというのです。
 ただし、楽譜上はこの曲はワルツと記載されているので、日本初のワルツというのが正しいのでしょうか。

 この曲を作ったのは、田中穂積という方。長崎、佐世保の海軍軍楽隊の楽長で、退役されて地元の女学校の音楽の教師をされていた。私立佐世保女学校、戦前の高等女学校ですね。
 早速、教師になってその高等女学校の校歌をと思ったんですね。それには九十九島の景色をはじめとする佐世保の風景を歌い込まねば、と詩を探した。(佐世保を歌ったものではないが)ぴったりの詩に出会い、この曲を完成させたそうです。

 で、ね、大滝詠一が伝えたいのは、
「中山晋平も、古賀政男も、この曲を(パックっているというか)流用しているよ」
 というのですね。歌謡曲のはじまりは「美しき天然だ」説ですね。

 俺は河原の 枯れすすき
 歌謡曲のはじまりとされる中山晋平「船頭小唄」などはメロがそのままのようです。
 幻の影を慕いて 雨に日に
 古賀政男「影を慕いて」もほぼそのまま。よくぞここまでとも言えるし、なにしおう歌謡曲の二大源流が「美しき天然」を母としていることに、おったまげするしかない。

 つまり、高等女学校の校歌が、日本の歌謡曲の源流になっているという巡り巡ってのおもしろさが、ジャーン、発生です。

 しかし、ですよ、長崎で生まれたものが歌謡曲の源流になっているという事実。
「中山晋平も、古賀政男も、よくぞまあ探しあてたものだ」と言えるし。
 教科書に載っていたのかなあ。ジンタの音にワクワクした少年だったのか。など聴いてみたくなるとこです。
 ぼく風に言えば「ジンタッタ、ジンタッタ」の濁り音が、西洋音階と日本語の結び目を作り出したと思えるのだが、ヨナ抜き音階のはじまりのひとつで、それが元で歌謡曲のルーツになったという方も多いようです。

 とにもかくにも長崎から「船に乗って」どうかはわからないが、(軍隊ではなく)東京のレコード会社にやってきた「ジンタッタ」は、
「行進曲にはじまる日本式西洋音階を、ここでひとつ大化けさせることになった」
 わけです。新しい船出です。

 つづくです。
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