2010年01月04日初出
「いまの若いやつはギャンブルやらないし、てんで興味がないみたいだよ」
「オヤジさあ、俺がネットで買ってやるから出かけるなよ、なんて言いやがる、馬鹿言うんじゃねぇっての」
「使ってる額がばれるの嫌だし、やっぱり来たいんだよな、俺たち」
ひとりでも「俺たち」と言っている。「わかって欲しい、わかってもらえる」という気持ちのあらわれなんだろうな。
ぼくに話しかけたのは、黒いダウンジャケット、黒いジーパン、黒いニット帽、黒ずくめのちょっとかっこいい年配のオヤジなんだ。白い毛が大分まじった口髭が話しながらモコモコ動く。
「黒に髭だから、黒ヒゲか」ぼくはもうオヤジの名前を決めた。
「俺らはさ、18、9の年からはじめて40年以上だよ」
「みんなそうなんだろうね、ジジィばっかりになっちゃった」ぼくは答える。同じバスに乗った何人かがちらっとこっちに目を向ける。(ほら、みんな40年選手だ)
「金袋といってね、ズックがいくつも中に入ってる鞄を抱えてんのね。いまいないね、こういうの」
「俺、もともと片瀬だったんだけど、まわりにゃね、一町歩を分筆して(売って)ズックでばたばた買うのがいたもんだよ」
ズックとは束にした札のこと、10万をまとめてあれば10万のズック、帯封付なら正規のズック、100万円。
「そうでなきゃ、世の中、お金が回らないんだ。いいことですよ」
「どうして若いやつ、やんないのかね、兄さんわかる?」
ぼくは“兄さん”になっていた。ありがとう。
「でね、40の年に勘当されて片瀬から立川に来てね。で、またはじまちゃった。いいんだよ勘当なんか、何回でもされてやりゃあ。全然、反省なんてないよ。それでもお袋は、オヤジが死んだら財産くれたよ。これでまたできる、と思ったね、俺」
「世の中孝行だよ、そいつは。男はそうでなきゃあ」
「わかるねー兄さん、世の中、巡り巡っておもしろいんだ。俺がチビチビやっていたら先細りなだけさ」
(先細りは女性にも好かれません)と古い下ネタギャグが浮かぶ。
さーて、と、黒ヒゲさんの話しは止まらないのだが、聞きながら若い人のギャンブル離れについて考えて見る。
ギャンブルがいいものとは言わないが、世界中の男たちは賭ける。それを女は怒る。これは人類の歴史と共に、ということだ。競馬、ポーカー、ルーレット、バカラ、この辺はみんな知っているよね。中国では蟋蟀の闘いや蜘蛛の闘いまであった。
「立川じゃ、もう市長が止めたくてしかたないんだ。昔はね、一開催で小学校がひとつ建つと言われもんだったけどね」
「だけどね、お姉ぇちゃんたちをやめさせるわけいかないんだ。それですっかり困っているんだ」
ぼくは穴場のお姉さんがタブロイド版の新聞を熱心に読んでいる光景を思い出した。題字には「自治労ニュース」とあった。
「あれはね、戦争未亡人の雇用からはじまったからね」とぼく。
「それにね立川じゃ、33年の赤線廃止、あの時に大量採用したんだよね。なもんで強いんだよ」
未来を知りたいから、明日が分かる能力が自分にはある、と信じたいから。
ま、こんなことが男たちがギャンブルをするいちばんの理由とされている。
もう少し言うと、
まだ何ものともわからない闇の世界が目の前にある。
大概の男は入り口で入ったり来たりしている。
突然、ひとりの男がギャオーと奇声を発し、棍棒を手にし闇の中に駆けこんで行く。言わば、冒険者だ。男という生き物はこうしてギャオーと奇声を発するたびに、新しい世界を切り開いてきた。
はじめてトマトを食べた男は、そうだっただろう。
コルネットを捨て、トランペットという新しい楽器をを手にした男も、そうだっただろう。
ギャンブルをことさらほめあげるつもりはないが、男の本能の中にある冒険と創造の代償行為であることはまちがいはない。
「4角を回って、ダーッと自分のやつが来ると、血が熱くなるね。年なんて忘れるよ」
「そういうことなんだよね、自分の体重までなくなっちゃう気がするね」
(そいつは翼なんだ、つまらない自分とつまらない日常からはばたく翼なんだ)と心の言葉。
こんなのはどうだろう。閉塞社会の市民像を例えると、
『効率優先の競争社会では、厳しい自己監視装置が(自分の中に)内臓されている。
そのため現代の市民たちは、自らを客体化して社会にとっての品質の良い製品になろうと必死になっている。身体を売っているのは、売春婦だけではない。現代の市民の多くは身体どころか心まで、社会というシステムに売り渡している』
「いつの時代でもそうじゃない」とみなさん言うかもしれない。
しかしね、いつの時代でもハミでようという若者がいたけどね。それにね、社会システムのものさし一辺倒じゃ封建社会のようだね。
えーと長々とすいません。
「若いやつのギャンブル離れ」がギャンブルという当てのない「空なるもの」を見限ってというのなら良いのだが、ここまで進んだ閉塞社会のあらわれでないことを望むのだが。だって、人類史の中でありえないことなんだからギャンブル離れなんてのは。
「しみったれた時代なんだよ、おじさん」
ぼくはそう答えを出した。
「こんな時代や、こんなガキめらを作りたかったんじゃないけどな」
黒ヒゲおじさんはブツブツ言いながらバスを降りて行った。黒ヒゲの頭上には、どうやらぼくらの時代の黄昏れが迫っていた。
ログインしてコメントを確認・投稿する