「桐谷さーん、どちらへ、お出かけですかー」��
米長さんは、人でなし。
桐谷さんは、「おひとり様」です。
その「おひとり生活」ですが、
「おさみしくないですか」と声をかけられたら
「ええ、まあ、ずっとひとりですから。慣れてます」
とフツーに桐谷さんは答えます。特になにがあるとはとても思えない穏やかな、声の調子にみんな気持ちよく通り過ぎてゆきます。
桐谷さんは、棋士になって以来ずーっと住んでいる家賃13万円の家、そこで積み重なった資料の底にすっぽり埋まるように寝起きしていた。していたというのはワケがあって、「夜ふかし」のスタッフが見るに見かね、
「わたしたちが片付けのお手伝いします」
と申し出たのです。
「でもね、わたしたち、人手がありませんので全部が全部とはいきません。こっちの部屋だけ、半分だけ、やらせてください」
「ありがとうございます。わたしもね、古いものはもういいかと…思っていたんです」
と言っても、未練たらたら、目が資料のゴミ山の中を泳いでいる。(以前、桐谷さんの告白テープが出てきたこともあるし)、危ない。さっさと進めた。
修行時代から欠かさず残してきた雑誌類は、そっくり知り合いのマニアの方へ。どうしてここにあるのか正体不明のアイドルグッズなどは、見ないことにしてサヨーナラー。
そうしてなんとかできた部屋の中の「空き地」に、桐谷さんは生きている。
ここで面白いのはスタッフの言葉。
人手なんて増やせばいい。なぜそうしないか。
実は、実のところは、桐谷さんは、野生動物扱いなのだろうね。手をかけ過ぎれば、野生はうすれ、フツー人化してしまう。これを(飼育する)スタッフは恐れたね。チンパンジーとか、ボノボの扱いだ。(熊の扱いならズドン、射たれてしまうしね)
それにしても、フ、フ、フッ、うまい。狙い通り「大人しい野生」はそのまま保護されている。
片付いたばかりのとこに座った桐谷さん
「ニコニコニコ、いやあ、助かります」
まるで疑うことがない。あー、これが桐谷さんの純なとこ。いまどきの若いものにはありえない個性。実にたまりません。これだから桐谷ドラマはなおも続くのだ。
「米長先生、わたし、結婚することになりました」
「えー、誰とだ」
「わたしの故郷の岡山に近い尾道の女性(ひと)で、ずっと手紙のやり取りをしてまして、結婚しようと決めたんです」
「そーか、そーか、連れてこい。俺に会わせろ。いいか、会わせろよ」
まー、そりゃあ会わせますよね。そしたら、途端にどうもおかしい。ムズムズしている。仕舞いには
「お前たちは、結婚はできないなあ」
とか言い出す始末。
「あとでわかったことだけど」
と桐谷さん、オズオズ語り出す。
前回は、人生が小津映画とホメたけど、今回は「オズオズ語る」のだった。
「ぼくに隠れて、相手の住む尾道に会いに行っていたんです」
ハァーッ。
「だって桐谷さんを外せば、相手さんにはなんの縁もゆかりもないはずでしょう」
と誰もが思う。そして、尾道では
「俺の愛人になれ」
の一点張り。ついには…なってしまったらしい。
「桐谷さん、だから米長さんの愛人になったのであなたと結婚はできません」
という婚約者からのきわめてダイレクトな答え。桐谷さん、クラクラッときた。真面目な桐谷さんには、もうなにがなんだかわからなかった。人生が見えなくなった。人の道がやたらこんがらがって目の前に広がった。
こうして桐谷さんの「おひとり様」人生がはじまった。はじめの1行の答えです。
少し説明をします。桐谷さんは元々、伝説の名人、升田幸三の弟子だった。升田先生がものすごいのは「名人の上」を名乗ろうとしたこと。なんとも突き抜けた人でした。
「先生、それでは名人の格下げ、無理があります」
と当時の棋院の理事たちが必死になって止めた。その升田が亡くなって、棋風が合ったというのかなあ。米長の弟子格になった。それも、米長の本を(何冊も)代筆までしていた密着度。
と、ここまではわかるが、米長は桐谷さんの第二の師匠。師匠と言えば親と同じ。嫁を世話しても、乗っ取っちゃあいけません。ありえない。ですよね、それが、(ここで丹波哲郎のマネ)
「お前はなぁ、俺の愛人になれ」
だよ。桐谷さんじゃない、婚約者にだけど。
困ったなあ、こう言う人、説明のしようがない。下半身が犯罪者、はたまた生きてる男根。米長とはまるっきりそう言う人だった。
「兄たちは、頭が悪いから東大に行った」
の米長の頭の中は、(将棋を除くと)度外れた女性への執着が占めていた。
恐れ入りました。恐るべし(性の)「泥沼流」。
それまで女っ気のない桐谷さんだけが実害を被ることがなかっただけで、みんなが知っていることだった。アチコチし放題。まさに性欲にパンツを穿かせることはできない棋士。なにしろ金の駒が強烈にデカすぎる。
でなきゃ(怒涛の性欲だけで)まるで先のわからない尾道までノコノコ出かけて行くか。奥さん曰く、
「米長のアレは、放っておくしかないのです」
早く言ってよー、グシュン。
桐谷さん(もうひとつの事件もあって)いよいよ米長と袂(たもと)を分けた。
「もうひとりで生きて行こう、行くんだ」
と「こころ決め」しているところに、将棋を教えに行っていた証券会社の社員が
「あのー、近くの支店の支店長になりましてご挨拶に伺いました」
と訪ねてきた。見たら、
「あなたは、あのー時の…」おぼえのある顔です。
「お久しぶりです」
「株はギャンブルだから、近づいちゃあいけないと思っていました。だから、稽古が終わると誰とも話さず、まっすぐ飛び出して家に帰っていました。貧乏育ちだから怖かったんです」
それが、おぼえのある顔と不思議にウマが合う。
「なんだかタイミングが合っちゃったのかなあ」
と感じたのが、株との付き合いのはじまりだった。
ところで「俺に会わせろ」は、「会わせろ」ではなく「ヤラセロ」だったんだよ。これ、桐谷さんじゃない違う人の言葉です。モーレツに品がないが、当たってはいる。
これは、ごく最近のこと。
知り合ったんですね女性に。桐谷さんはそのことを
「わたし、犬を飼ってる美女と知り合いまして、犬を連れて家に遊びに来て欲しいと頼んだんです」
と明かしていた。
しかし、美女(としましょう)の答えがなんともイレギュラーで難しい、
「地震が起きたら犬が倒れた物の下敷きになって死ぬから、桐谷さんの家には行かない」
と言われたそう。
婉曲にふられたと言うことなのか。そうなんだろうなあ。だけどさあ、誰かもう少しはっきりしたこと聞きに行ってやれないものかなあ、とぼくは思うよ。
(アレー、もしかしたら、ぼくは「桐谷さん似」なのかなあ)
じゃあ、ま、仕方ないとするか。
ともかく桐谷さんは、米長とは違う人間なことだけはよくわかる。
(当時の歌で)応援です。
金太、負けるな。金太、負けるな。金太ーッ、負けるなー。
応援になっていないかなあ。
○
*泥沼流は、米長の棋風を語るキャッチフレーズ。
やにはに「ぬかるみ」のような混戦がはじまることからの命名。
*桐谷さんは、受けに徹することでマッサージ戦術と呼ばれた。
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