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2025年10月02日18:42

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留さんは、「エデンの東」からやって来た。

【昭和の落語家たち 10 桂 文治(9代目)】

 留さんは、「エデンの東」からやって来た。



「10足す10はいくつですか」
「…うーん、どうもわかんねぇ」
 少し前、脳溢血で倒れた老人が「足し算」ですっかり悩んでいる。軒先に顔を出したら本物と間違えそうなヘチマ顔が、医者の質問に傾(かし)げている。
「そうですか。わかりませんかぁ、ではですねぇ、
(先生、工夫した)
 10円足す10円はいくつですか」
「あ、は、は、先生、馬鹿にしちゃあいけません、20円でげしょ」
「いやあ、まあ、わかってられる……んでしょうかねぇ」

 このやりとり、ケチで有名な桂文治(9代目)、留さんの文治の話。ケチは有名だよ。冷蔵庫さえもったいないからって、わざわざ長屋の隣り、林家正蔵の家のものを使っていたくらい。
「今日は、高座ちょっと前に上げておくんない。今日だけ、今日だけだから」
 早く上がると、上野のデパートへ。これが長屋の入り口近くにそびえている。ここで特別値引きの刺身を買うと、ターッと正蔵の家に駆け込んだ。その様子、腰をかがめて、ひょいひょい、ひょいだ。足が宙に浮いている。

「本名、高安留吉。下町だ、職人の名前(めぇ)、留さんだ」
「いい名前(めぇ)だ、こんな落語家らしい名前(めぇ)はないよ。最高だよ」
 立川談志は、自分の終(しま)い間際、ベタ褒めだった。

 けれどね、元気な時はどこからもヒドイ評価だった。ゲテモノ扱いだったんだよね。でも本人はまるでおかまいなし。
 時は、文楽、志ん生、円生の名人の時代。その時代にねぇ、
「お前さん、エデンの東の方から来たんじゃねぇのかい」
とやらかすんだ。
 あたりかまわずのクスグリにお客さん、どっと前のめり。
「おい、なにか悪いものにあたったんじゃないか」(これ、いっぱしの通ぶる、ぼくの評。少し文楽のマネ)
 古典派でもない、新作でもない、唯一無二の(ぼくがつけた名前だが)アナクロ派だった。
 ヘチマみたいな顔の爺さんが「エデンの東」だよ。どの面(ツラ)から出てくるの。と憎まれ口を聞くと、
「へい、ヘチマから「エデンの東」が出てきます」
って言われりゃ、そりゃあその通りで仕方ない。

「『悶え』っていう映画、あの映画に出てる若尾文子って女優がね。すけべったらしい目つきでね。ああいう女優、あたしゃ大好きなんすよ」
なんてのを平気で差し込む。
 他にはいない、いませんというか(恥ずかしくて)やらない。

「談志絶倒 昭和落語家伝」という本がある。写真家の田島謹之助が人形町末廣で撮った噺家の写真に談志が文をつけた本なのだが(昭和の名人はほぼ全員、入っているし、所作もピタッとついていて)まことにお見事な本です。
「さあねぇ、この中で誰をひとりもう一度、聴きたいかと言えば…うーん、うーん、留さんだなあ、今になってみると残して置きたかったなあ」
 談志の(人を褒めたくない)韜晦した心中はあるにしても
「これ、嘘をついてないよなあ」
と素直に思わせる一言です。
(実際、本の中の文治、絶好調の高座姿です)

「最近はねぇ、貧乏人って言わないんですよ。プロレタリアなんすから」
「えー、えー、ここにはプロレタリアはいませんよ」
「だけどねぇ、昨日はヒドかった。プロレタリアばっかし」
「…なんてことない明日になればねぇ、みなさんがプロレタリアなんだから」
 当時にしたって、プロレタリアは(学生以外には)断然のアナクロだよ。平気なんだ。平気が作り出す面白さ。

「あーた、ねぇ、落語が日本を支えているんですよ」
「落語がなきゃあカンボジアみたいになっちゃうんですから」

 どーも勉強になるような、ならないような。絶妙なくだらなさ。
 つまりねぇ、東京の下町は「勉強になるような、ならないような」面白い人だらけの街だったということなのでしょう。

「師匠、天丼はどこが良うがしょ」
「天丼はねぇ、勧銀(いまの「みずほ銀行」)ですよ、あーた」
「…え、え、えーっ」
 よーく聞くと、当時の勧銀には「天丼の日」というのがあって、大口預金者を招待して特別室で天丼を食べさせたらしい。文治師匠、いつもさっさと現われて、呼ばれちゃう。噂では、稲荷町支店の大口預金者だった(らしい)。
「…ぷっ」
「お前(めぇ)たちなぁ、なぁにぃが、お〜かしいんだ〜、え〜、い〜い〜加減にしねぇかぃ〜」
 正蔵師が、あの「ふるえ声」で留さんの文治を笑う前座を叱る。その合いの手の出しようからしておかしい。どうにもこうにもくだらなーい話です。

           ○

 立川談志が、沖縄開発政務次官になった時、噺家の師匠たちの間を挨拶で回った。(選挙で世話にもなっているしね、そのお礼もある)

 留さんの家まで来ると、留さん、脳溢血の後遺症でボケがでているとは聞いていたのだが、なんと床から出て紋付ハカマで待っていた。
 言葉はややもつれながら、
「この度は、大臣さまにお成りになったそうでぇ、まことにぃおめでとうございます」
 政務次官と大臣の区別がもはやつかなくて、口上はしっかり間違えてはいる。だが、談志は
「えー、てぇしたもんだ。落語そのまんまだ。噺家はこうでなきゃあ」
 みょうな褒め方のようだが、ホントは違うんだなあ。
 こういう時の談志は、ほとんど(内緒で)泣いていたはずだ。

 闘病生活が3年ほど長引いて、世話を焼いていた漫才の内海好江によれば
「これがねぇ、あんた、あんだけあった貯金、ピッタリ空になっちゃったのよ」
ときたもんだ。
そーかあ「エデンの東」へは、手ぶらで行ったのか。
「しょうがないわよ。こればっかしやぁ、あんた」
 好江は、あけすけない。あけすけないが、あたたかい。
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