高市早苗は、なぜ鹿の話をはじめたのか。
ぼくは言葉に込められた声にならないこころを探ることを自分の業としている。
人はまだまだ、言葉を自由に駆使できなくて、たくさんの積み残したこころを置き去りにしながら話し、書きながら、生きていく。
ノンバーバルな言葉。言葉にならないこころ。
ぼくは、蝶を追うように空中に浮遊したこころを掴みに出る。時々少しだけ成功する。
なぜあの場で鹿なのか。上り詰めた最後の舞台。息を詰めて見守るその中で、一瞬まよった表情が生まれるが、思い切ったように
「奈良公園といえば鹿です」
とはじまる。
「………」
意表をつかれた聴く側に、空白が生まれる。
ケーン、ケーン、ケーン。
「あの数分の演劇が高市を敗北させた」
という答えが来週の今頃は主題になっているだろう。
では高市早苗はなぜ和歌を読んだのか。和歌を歌う本当の意味はなんだったのか。ほとんどの人は的を得ない推論を広げるだろう。まず無理だと思う。それは、起点を探ることができないからで、それに高市のこころはあまりに意外なところに飛び地しているからだ。
その歌は、恋歌だからだ。
「高円(たかまど)の 秋野の上の 朝霧に 妻呼ぶ雄鹿(をじか) 出で立つらむか」
「下手ですねぇ」
と高市は言う。きっとそうは思っていないだろう。下手だけれど、下手だけれど、真っ正直さは感じられた。それにしてもなぜこの歌にそこまで真剣なのだろう。「?」が続く。
大伴家持のこの歌に、女流歌人、笠郎女は激しく感動し、
「この歌の中にわたしの人生を入れ込むことは出きないものだろうか」
笠郎女は一心に恋情を託すのだけど叶えられることはなかった。
「笠郎女は、わたしなのか」
高市は、この疑問に終止符を打つために最後の場所で歌った。多分にリスクに富んだものだけど、とうてい衝動を抑えることができなかった。
後の唐突な外国人問題のつなぎには本当の意図は示されてはいないし、流れが論理性を欠くことになることも承知だったのだろう。
トリックを明かそう。
外国人問題は、あの場で和歌を読むつなぎ、つまり逆だったのだ。歌に本意があり、歌うために取り繕った外国人問題はマヤカシでしかない。
これで、ほぼ全ての説明がつくだろう。
どうしてこんな手の込んだことをしたのか。これには唯一の答えが隠されている。たった1文字です。
「わたしは、奈良の女です」
高市が言い放ったこの1行に込められた1文字だけが、真実を伝え、しかも明らかに文脈をハズレている。つまり「女として」この歌を歌っているという特別な意図を完成させるにはこの一語を少々の無理は承知ながらも入れ込むしかなかったのだ。文脈の前後、どこにも「奈良の女」が出てくる必然はない。
それもすべて承知のことだろう。
それだけに明らかな証拠になって、いる。
高市は、歴史的な恋歌を残したかったのだ。
してはいけないことだが、どうしても、どうしてもあの場で恋歌を歌いたかった。(すぐに信じる人はいないだろう。だがそうなのだ)
ついには歌えば「勝てる」という心境ににまで立ち至っていたのではないだろうか。あの一瞬だけ、もはや統合されていない精神は、日常の美学などはないもののようにあっさり飛び越え逸走してしまっていた。
彼女の現実は、地を走るのをやめ、ペガサスのように空を飛んだ。
「…妻呼ぶ雄鹿(をじか) 出で立つらむか」
高市は「奈良の女で」、自分をここまで引き上げてくれた牡鹿への恋情を歌い上げることで、自分の歴史にひとつの区切りを打ちたかったのだろう。
(できれば10年後に気づいてもらえるくらいの恋歌ならちょうどいい)
そう思っていたに違いない。
「それなら負けても仕方ない」
「いや、歌えば勝てる。奇跡を呼ぶかもしれない」
と信じたかった、のだろう。
けれど美しい私情は、すぐに大地に舞い落とされた。だが、高市はさほど悲しくもないだろう。恋歌は、もう歌い終わったあとなのだから。仕事は終えた。すぐさま政治家らしく現実に立ち戻る。
恋歌が人の借り歌で、自分の歌ではないことは間違いない。
「奈良の女」は高市早苗で、牡鹿は安倍晋三です。
そして、もうひとつ、「奈良の女」はカラダを壊しているような気もする。あの日、なぜか悲しみの風が流れていて、次の悲歌が聞こえてきそうな気がした。
○
(SNSで見かけた高市評だが、意地悪く言えば、こうなのだろう)
高市のキショイ表情を見ながら心理分析したくなるけど、
「自我」がなくて人格が統合されていないのではないか。自分を担ぐ人間や、
公の場で「自分がどう見えるか」という視点から自分の仮面を作っていて、
内省的なmeta-認知はまったくないように思える。そもそも妄想の中に生きている。
半分くらいこの領域に入っている気がする。
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