【昭和の落語家たち 11 三笑亭可楽】
アルミの薬缶とヤニ声。
「あー、これで、もう落語を聴く気はなくなったよ」
八代目三笑亭可楽、麴池元吉の可楽が死ぬと、こんな声が聞こえてきた。実際、落語通のジャズ評論家・小島正雄は、以来ぱったり寄席に行くのをやめてしまった。
(死んだのは、1964年東京オリンピックの年だった)
通の中の通の落語家と言われた三笑亭可楽のなにがそうさせたのか。
そいつぁ可楽の味なんだが、「味てぇのはの再現がむづかしい」。と泣き言を言わずに、ひとつやってみるか。
それにしても一体(いってぇ)味だからねぇ、上手くできるもんか。
でも、まあ、いいやねぇ、大概のものは当人をよく知らねぇんだから。
そこそこでな。よしとしようじゃねぇか。
おう、幕あげてくんねぇ。
○
可楽の家に行くと、
「おう、上がんねぇ」
と奥の部屋から本人の声がかかる。昔の家の作りで三和土をあがって奥の6畳間は、ほの暗い。上がると長火鉢が居座っていて、そこに掛けた小さな薬缶から、酒をトクトクトクと注いでくれる。薬缶だよ。アルミでお茶の急須のひと回りくらい大きいやつ、昔あったんだね。
しみったれた様子が、いいじゃないか。
戸山町、いまの国立病院のまわり、明治以来、陸軍のまわりにぐるっと法務関係の家が取り巻いている土地柄なんだけど、おっと、可楽、法務には関係ねぇよ。どっちかって言うと、捕らえられちゃう方だ。
(ほんとに火薬を仕掛け、捕らえられた爆弾可楽は4代目)
とにもかくにも酒が好きだった。
だから酒を飲む仕草にも筋金が入っていた。必ず「チユッ」と舌を鳴らしてから、酒をうまそうに飲む仕草に入る。この酒を飲む様子をみたさに通う客もいたくらい。舌を鳴らすってのは、いまはどうなんだい。よかねぇんだろう。なもんだから、この音にさえ説明がいる。「世の中変わった、紅茶にソネット」なんだよな。どうだい、古いだろ。
下唇をちょいとズリ出して「チユッ」だ。
瞬間、なんだか口うるさい、界隈の主みたいなジジィがヒョイと立ち上がってくるよ。
「オジサン、ひとつ今度の件は勘弁を」
とすぐさま頭を下げたくなる。ところが高座からは、
「えー、毎度のお運びで、ありがとうございます」
この「えー」からもうほかの落語家とはすっかりちがっていた。ちょっと舌足らずの発声から、奥歯でかみしめたような独特の声がでてくる。脂(ヤニ)っぽい声。キセルでタバコを吸う人の声だねぇ。
三笑亭可楽、通好みの中の通好み、もはや伝説の落語家と言っていい(と前説で書いたのだけど間違いなく伝説だ)いまや誰も知らないんだから。その可楽の味は、実は、この独特の声にあったといまでも思っている。
言わば、脂(ヤニ)っぽい色をした声、人生を煮染めた声ですよ。えー。
「ひとつ世の中に文句を言おうか」という様子なのだが、そこは芸人グッとおさえているんだね。その我慢の加減が、ひどくいいジジィぶりなんだねぇ。
(言いたいが、ふん、黙ってってやろうじゃあねぇか、えー)
と顔に出ている。
こいつには言われがあってね、貧乏の相棒、古今亭志ん生に
「麴池よお(麴池元吉が本名です)、お前(めぇ)よお、その愚痴っぽいの少し抑えてな。陰気が出ていけねぇよ」
と言われたらしいのだが、どっちも居なくなっちゃってほんとのとこはわからねぇ。
ま、この声、このキセル声があればこそ、人生の酸いも甘いも知り尽した古手の男が目の前にやって来てゆっくりとこらしめてしてくれる、という有り様がまざまざと現れるんだね。
ポン、ポン(キセルの灰を落とした音)。
「おい、大家。熊は、ほれ、この通りフグで行っちゃった。今晩これから通夜なんだが。すぐに一升、持ってきちゃくれねぇか」
「な、なんで、なんで、わたしが一升、持って行かなきゃいけないんですか。熊が死んだのなら、こりゃお祝いだ。赤飯でも炊こうってのに……なにを、弔いに、一升なんぞはもってのほか、金輪際ですよ」
「ばーさん、熊が死んだってよ。祝いだ、祝いだ。」
「おい、紙クズ屋、大家さんに。熊のカンカン能を見てもらえ」
言われた紙クズ屋、ひょいと立つと「ラクダの熊」の脇に手を入れて立ち上がらせる。すると、歌が入る。
「カンカン能、キュウレンソー」
紙クズ屋、脅されてヤケになっている、やにわに死人の熊を抱えて、踊り出す。抱えられた、ラクダもガクガク踊る。
「紙クズ屋、大家さんに、よーくラクダのツラを見せてやんな」
「お別れだよなあー、なあ熊。世話になった大家さーんに、ツラを、ほれッ」
ポーンと肩を突くと、死人の首が挨拶がわりにガクッ。大家の顔の前に突き出てくる。
「ウヘェ、ヘェ、ヘェー、
(これには大家もさすがに閉口して)わ、わ、わかりました」
フグに当たって死んだ「ラクダの熊」の死体を、強欲大家の目の前で踊らせて、しこたまふんだくるという落語「ラクダ」なのだが、ここでも可楽は力みもせず、笑いもせず、たんたんと話をすすめる。
大家の慌て声だけがバタバタと立っている。
他は、おしつけもせず、熱演もせず、ただただ“たんたん”だ。つまり、これが可楽の味。(落語評で言えば、可楽の「ラクダ」がいちばん残忍とされています)
可楽にとって、人生の機微とは“たんたん”ということなのだ。大騒ぎするのもおかしいし、まして泣いたり吠えたりなんてそりゃもう嘘に決まっている。
「嘘は芸にならねぇよ」
とでも言うのでしょうか。
(そう言えば、本人も高座の上で笑ったことなどとんとない。少しひしゃげた顔で、ニガ笑いをするくらいが関の山かな、思い出すのは)
けれど、舌足らずの、脂(ヤニ)声が、“たんたん”の中に味をしみ込ませている。
さて、この味なのだが言ってみれば、蕎麦のツユだ。薄いようで濃い、サバブシとカツオが一体になって人生を煮染めたほんものの濃いツユだ。それも蕎麦チョコに結構そのまま長い時間残っていたもので、うっすら苦味が出てきている。(悪く言えば)貧乏くさいが、甘味が枯れた味。(これも言っちゃあいけないことだが、)バクチ場で長置きされたママのそばのツユ、どこか堅気の味じゃあねぇんだね。
このツユの中で蕎麦(つまり人物)は、わずかな歯ごたえだけあればよいのだ。大さわぎはいらない。
「ほうら、じじいになってみりゃわかるのよ。物事の芯は、大さわぎする中にゃありゃしねぇよ。いわば味なのよ」
と一言も言わずに声音だけで教えてくれる。この「大さわぎ、するんじゃねぇ」という辺りが可楽の真骨頂なんだろうなあ。
少し受け口の渋いツラ。口をへ文字にしてねぇ。
可楽の味は、少し苦い人生で煮染めた蕎麦のツユの味。
「あー、そういう蕎麦を食いてぇなあ」と言っていた、たくさんのマニアも順番に行っちゃた。どこへ。いや、まあ、遠いとこさ。
みんなラクダになっちゃった。
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