ボブ・ディランは、なんてしょうがないヤツなんだ。
雨にぬれて、泣きそうな顔をして、縮れた髪から伝わって水が落ちている。
ぼくは内緒にしているがクヨクヨする人間で、好きなものから離れることがうまくできないんだ。
「ごめんよ、おじゃまかい」、その都度、まわりには謝るのだがこころの中の言葉で人には聴こえてなかった。
クヨクヨするというのは好きだっていうことだと思う。
「うしろに幸運はないわけだから」
好きなものは前に置いておきたい、と思う。けれど自転車のカゴは小さくて、あらかたは行き場無くしてしまう。
そしたら、雨に濡れた髪でぼくに教えるヤツがいる。
「座り込んで考えたってどうにもなりゃしないよ、ベイビー
今になってもわからないんなら
座り込んで考えたってどうにもなりゃしないよ、ベイビー
どうしようもない事さ
雄鶏が夜明けを告げる頃
窓の外を見てみな、俺はもういない
旅をするのは君のせいさ
だけどくよくよするなよ、これでよかったのさ」
ボブ・ディランは、しょうがないヤツさ。
泣き顔が似合うんだ。実のところは、いつも泣いていて、時たま顔にでる、のかな。時たまは、時たまで、そうそうあってタマルかい。
その上を行って、ぼくはまるっきりの意気地無しだから、年中、泣き顔をしている。
泣き顔はボブ・ディランに教わったわけではなくて、みっともない自前で半分くらいの人には、笑い顔と間違えられる。
「俺は道を歩きながら、考え、思いをめぐらす
過去にある女性を愛したが、俺は子供だと言われたよ
俺は想いを捧げたけど、彼女は魂まで欲しがった
でも、くよくよするなよ、大丈夫さ
さようなら、愛しい人
行き先は言わないよ
「グッドバイ」なんてもったいない言葉さ、
だからこう言うよ「永遠に元気でいておくれ」ってね」
14歳の時にこの歌に出会った。
「いやぁ、ボブ・ディラン、こんにちは」
という間もなくボブは歌い出す。頭のリフを歌い終えると
If'n you don't know by NOW、とぼくに聴き返すように歌う。
「If」って英語を習ったばかりだし、「If」ってこういう風に使う言葉なんだとこれだけでほぼわかった、気がした。陽だまりの図書館の屋上で清志郎の「トランジスタラジオ」のようにぼくは聴いた。
さほどトシは違わないはずだが、やつは大人にかぶれていて、こっちは野っ原の子供だった。真似をしようにも、スリー・フインガーも知らないし、コードも知らなかった。ガットギターを抱え練習をはじめるのだが、どうにも間に合わない。
Goodbye's too good a word, babe
So I'll just say, "Fare thee WELL”
(おーい、”Fare thee WELL”と言ってみたいじゃないか)こんなことが少年の夢になる。来る日も、来る日も、練習をするのだがどうにもうまくいかなかった。
あー、あの時のギターね、知らぬ間になくなっていた。ぼくの歌は、もちろん完成しなかった。
あの「やるせない歌」の名前は、”Don't Think Twice, It's All Right”です。
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