外見ねぇ、外見気にし過ぎの江藤拓の後が、外見先行の進次郎とはね。世の中とは、かくも皮肉なものであります。もはや感心します。この農水大臣騒動、ここまで煮詰まってくれば価格はもはや「下げ」の方向で動くだろうし、その意味では進次郎にツキが来た、のでしょう。
進次郎氏、相変わらずのバッサリ感のないモコモコしたコメントで
「おい、大丈夫かい」
と気になるものの、役人の本気を利用した直球勝負をお願いしたいものです。
「スンズロー、ここいちばん、頑張りどこダドー」
というナマル掛け声をSNS上で見かけて、事態のバカバカしさによくはまっていて、これには笑ったなぁ。
今回、書きはじめた時は「外見にこだわる大臣論」をやろうと思ったのだが、進次郎氏の登場だ。バッタリ、手が止まった。「農水省引継事項」の文字が見えるファイルの伝達式などなかなかのコメディ。無能と思われる(思われてきた)男前ふたりが主役で伝達式などをやっている。もっともらしいインチキさ極まれりの映像だ。
「よせやい…プッ」
吹きそうになった。
○
きりりとした顔つき。男らしいというのが良いのかな。それまでの印象とはだいぶ違う顔。
江藤拓は、眼鏡を外しカメラの前に立っている。
裸眼で、幾分か素顔を前に差し出すように構え話している。
眼鏡ありで仕事をしている映像はこの辞任騒動の手前で何度も放映されている。(その様子は眼鏡をする人によく言われる)真面目そうな様子で、プラスに働いていると思えるのだが、江藤拓は(意気込んで)眼鏡を外しカメラの前に立っている。
江藤拓は、外見を大事にする人だ。とたんによくわかる。
江藤拓は、自分の外見に自信を持っている人だ。そうゆう顔で立っている。
外見にはとことん自信がないぼくにはおおよそ理解できない「姿勢」なのだが、
「私は選ばれた外見人」
という主張が見えてきた。実を言うとすぐに整形のことさえ頭に浮かんだのだが(もしかしたら、もしかするか)よせ、忘れろ。と、なった。
答えからすると、この外見こだわり精神からして
「馬鹿だなあ」
なのだが、本人はまるで躊躇いがない。見事に図々しい。
二世議員というのは、「できれば外見だけで中身はいらない仕事」とすれば江藤拓は二世の鏡なのかもしれない、と思う。
○
外見(そとみ)と押し出し。地盤、看板に匹敵するものということか。顔面優先の政治家、さーて、これがどんなとこから来たのか。
これを言うと袋叩きになる。なるが恐れずそろっと言ってみる。
「女性票を狙うなら、外見づくり」、これがずっと政治のタンダードになっているんじゃないのか。「外見づくり」という視線が主観に頼りすぎというのなら、年次別カツラ議員の数を追うのも面白いかな。と、思ったら
「わたし、カツラです」
と自らおっしゃる方はいなくてこれも自己申告を待つしかない。
「あの人は被っている」
という噂だけではカウントできないわけで。無理がある。
ごく秘密裏にカウントすれば、10%くらいはゆうに超えているだろう。
○
女性が参政権をもったのは1945年、80年は経過している。
明治にはじまり苦難の道だった婦人参政権運動は、いまや色男風議員という変な形で21世紀初頭を飾っている。いまとなれば、婦人参政権はイケメン好きというポピュリズムに変形していることに気がつき、あきれるばかり。
○
ではなぜ、こうなるのか。これは「坩堝」と「螺旋」という文化構造によっている、という話をします。
「坩堝と螺旋」というのは、埴谷雄高という方の文化論です。
文化というのは弁証法的に自然に進化していく、と、まあ思うわけです。ところがそうは動かない。ある進化を手にすると、普通はそこでジリジリと自転をはじめる。純化運動です。雑物を取りのぞきにかかり、純度を高めて行こうとするんですね。これは深化なのだが、多くの日本人はこれこそ進化だと信じ込み、打ち込む。
それと違い、「エイッ」と次の進化を手に入れるには、自転運動をやめ「螺旋」運動をすることが必要になってくる。グルリと大きく螺旋回転しながら一段フエーズを上げていきます。面だけを見てれば、よく言う「歴史は繰り返す」動きといえるでしょう。同じ動きをしていると見えるからね。ところが回転軸の位置(時の軸)が移動している。
○
イケメン議員というのが、まさしく純化運動の賜物(たまもの)だとは思いませんか。「純化していく」と「イケメンがいい」というのがまさしく等価行為でしょう。
進歩しない時代は、自転の時代でね。ジリジリと自転をし、籾殻を落とすように外見を磨き進んでいく。まさに日本人らしい動きとは言える。
長い間かかって達成された婦人参政権運動は、いまや令和のイケメン運動としてさかんに足踏みをしているのだが、もうそろそろアキが来るでしょう。どうです。それに、
「このままじゃあ、ジャニーズに子供を送り込むお母さんと同じだね」
という不条理に気がついてくれれば、世の中はワン・フエーズ繰り上がるし、日本の民主主義も前に動き出す。イケメン政治は、(多くの場合)民主主義の足踏みのひとつでしかないのですよ。あーあ。
さうでもないと「とうていいまの世の中変わらんよ」など思う、ぼくです。
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