「えー、見たかあのビラ、エノケンってのがやってくるぞな」
「東京の、浅草で、いま一番人気のエノケンだなもし」
「富家(とみや)で聞くのがいいのかなあ、花井の靴屋のおっさんに聞くのがいいのかなあ」
「エノケンってのは走りながらトンボを切るんだってよ」
「走っている円タクから降りて、反対側から乗ってきたんとよ」
「すげぇ芸人だなあ」
「うーん、すげぇ」
○
気持ちのいいコメディ・シーンを上げろと言われたら、ぼくは「花へんろ」のこの回を思い出す。日本人の長閑で優しくて美しい表情、気質、その時代が描かれていて、体の芯がジーンと温まるようなな感触を覚えます。つまり、昭和の一番いい感触です。
○
表では講演を知らせるチンドン屋が踊っています。さあ、もうすぐ興行がはじまるぞと追い立てるチャンチキ、チャンチキの音が鳴っています。
「一座が着いたぞー」
の知らせで町の肝煎役が揃って、町の映画館・大正座の楽屋に向かいます。ヨレヨレの大正座を「ここで挽回だ」と一気の足取りです。
「いやあ、どうもご苦労さまでございます」
「わしらも、今日からフレ(宣伝のこと)なばいかんのでエノケン先生に会わしていただけんでしょうか」
「エノケンは、いません」
「え、え、え、え、後からおいでになる、のですか」
「あのー、わしらはエノケンではありません」
ガーン、ビラがアップになる。エノケンらしき特徴のある目のイラスト、ギョロ目ではあります。さらにタイトルがアップになる。
「あれー」
エノケンのエの上にわずかに┃棒が突き出ている。つまり┻このカタチ。
む、む、む、む。こ、こ、こ、これは漢字の「土」の字じゃないか。漢字の「土」はエじゃなく、ドと読む。
「わしらはずっと土ノケンでやらせてもらっています」
(読みで言えば、エノケンではなくドノケンです。フーッ。)
肝煎役一同、ストンと腰が抜けた。
花井靴院長(靴屋の親方です)のイッセー尾方はのけぞってひっくり返った。
升屋の殿山泰司は、おつむの鉢が割れそうに楽屋のハメ床に打ち付ける。
町の写真館、忽那写真館の主人、関敬六は「はーい、ポーズ」のままで呆然。
○
腰が抜けるような痛快なギャグでしょ。
エノケンじゃなくて土ノケン。なんとまあ、小さな想像力のはるか向こうを超えていく大飛びのゴルフボール。スコーン、空を見あげて、みんな気持ちが良くなっちゃう。
ここんとこの陰気臭い詐欺とは、どだい昭和のものは違う。笑えるし、温かい。
気持ちよく笑えると、被害と加害が同じ立場になっちゃっうのも昭和らしい。みんな仲間、一緒くただ。
「お互い様で、さあ、大変だ。どうしよう」
「わたしらも手伝います」
あれ、顔を見合わせ、一緒に笑い出す。
○
「花へんろ」は脚本家・早坂暁が、実家のある四国の風早町(現在の松山市北条)で起きた出来事を書き送った長編ドラマ。
冒頭には「昭和とは どんな眺めぞ 花へんろ」と言う句が詠まれます。
早坂暁は「中央(東京)からではなく、地方から眺めた昭和を残しておきたい」と書いていますが、いまとなっては戦前の昭和、その時代の温かみを素直に伝える数少ないものという側面が強いと思います。
つまり「オレオレ詐欺」の陰惨な非斬さと、愛嬌に満ちた「土ノケン」との温もりの差ですね。
このドラマにどっぽり浸かって、戦前の昭和から令和を見るとまったくの温度の差にあきれるほどになるでしょう。みんな昭和に住みたくなる、かな。見ていて、
「ずいぶん日本人も変わっちゃったなあ。いいのかなあ」
と大方の人は思うだろう。
○
テレビもインターネットもない時代、この手の(芸人側からも客側からも)災難はいわばお決まりで
「笑って治めちゃう」
のが利口な方法だったらしい。
風早のこの一件も、花井の院長・イッセー尾方が先頭に立って歌に踊りに、関係のみんなで稽古。「土ノケン一座」がビッシリの指導です。おかげで町の素人演芸会に仕立て上がります。
○
2つの温かさを、いまの時代は失っている。
コメディの温かさ、この20年くらいコメディはどんどん陰惨なものに成り下がっている。松本さん、おかげさまです。
人生の温かさ、花井の院長みたいな男はもういないだろう。なんにつけ責任者を求めて右往左往する人でごった返す(兵庫県に似ているな)ことになるだろう。
つまりね、これどちらも資本主義の末期(とどのつまり)の様相と見えて仕方ないのです。なもんで昭和と見比べるには本当にいい時期になったような気がします。資本主義はヘコタレないから進撃をやめないけどね。
あ、原則から言えば「進撃をやめない」とこだけが資本主義の良さだから、修正するのは大変だ。
「土ノケン、来る。」という腰の抜けるような大ギャグで世直しを待つしかないような気がする。
ログインしてコメントを確認・投稿する