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2024年12月07日06:48

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ぼくは「ふてほど」を使わないだろう。

「ふてほど」とは、官九郎ドラマ「不適切にもほどがある」のタイトルを省略したものらしい。暮れに来て、あれ、あれ、あれー
 不適切なことに「それは、ふてほどだよ」と注意勧告するワードらしいが、それが突如流行語になっちゃった。
 へぇー。
「へぇーってあんたホントなんだよ。ここに来て、いっき、お、い、勢いがついてんだ」
となっています。
 勢いをつけたのは辻本議員。国会で使って、花と咲いたらしいよ。で、今回は仲間語、仲間同士で使い合う言葉の話。

 ぼくは仲間語ってのがかなり嫌いだ。特にSNSでの仲間語の使い方には、
「あー、ダメだ、やめてくれ」
と叫びたいほどの声が出そうになる時がある。というのはSNSでの仲間語には濃い排外主義がこめられている感じがするからだ。
「わかってるよね、わかってるもの同士、だもんね」
という未熟なもの同士の差別意識を感じるから。イジメの亜種だねぇ。

 なんでもいい、なにかを小さく区切って、仲間内の輪を作り、
「ほら、オイラたちすごいだろ」
とやりたがる小児性をぼくはとことん嫌うね。そして、それがSNS上で横溢しているのを見ると(ほとんどのものがそうなんだが)気味の悪さを感じてしまう。小学生の頃からの、もう癖としか言いようがない。
「わかんないの、へー、わかんないの」
取り囲んではやしたてる雑な小学生が目に浮かぶ。

 笑ろた、なんて仲間語の語法の典型ですかね。なんとか草、なんてのもあったか。草はクサイに近いとこあるのかな。とにもかくにも、SNSはクサイ仲間語が多すぎる。
流行りの言葉を使えばなんとかまとまるという未熟な「承認欲求」のなせる技ですかね。
なんと「なせばなる、ナセルはアラブの大統領」という気持ちのなのでしょうか。(先代、円楽の出世ギャグです)これ毎度の余分なネタ。なぜ余分なネタを突然差し込んだかと言えば、このギャグには排他的な感触、少しもないでしょ。もし使うのならこうでなきゃ、という例です。

 つまり、つまり、SNSには未熟なものが集まって、過剰な「承認欲求」を撒き散らしているところがある、というのが本題。ここでお話した未熟な仲間語を使う人たちのコメントは論理より、感情に訴求することが多い。そして、ここからが大事、それが
「とどかないなあ」
となるといきおい言葉の強さを増すことでとどかせようとする。

 言葉の力ずくだね。

 だから、どうしても語調が汚くなるという循環になっているはず。あ、これ、わかりやすく言うと行き着く先は罵詈雑言になりがちということですよ。SNSでバビューン、バビューンと悪口の弾丸が飛び交うというのはこうい仕組み。ここまで言えば
「仲間内なんだからいいんじゃない」
ばかりですまないのがわかるはずです。悪口は難しくて、言葉ズラばかりが突っ走る。手裏剣、バンバンバンだ。なもんで相当に控えめに言わないといけない。

 それにしてもむずかしいなあ、こういう気味の悪さを伝えるのは。
 ぼくはSNS仲間語を常用する人たちを強く非難しようとも思わないし、「やめろー」と声高に主張もしないよ。逆差別と思われるだけだしね。SNS上の仲間語に、なんとも言えぬイヤミな感触を感じている「人がいる」とわかってもらえれば、よしとするかです。

 ぼくの考える良い文章とは、正直な文章。それも正直さが作り出す語調と内容が淡々と存在していて、全体に「正直という品のよさ」を持つ文章です。ケレンやアオリ、おちょくりは必要ありません。

 さあ、それはどういうものか。

 ぼくの書いた最後のコピーを紹介します。東北大震災のチャリティのためのコピー、
『トモダチなう』です。
 当時の素直な語調になっています。変な気負いもなければ、クササもない。もちろん排他性もない。正直さもあるでしょう。自分で言うのもなんですが、なかなか立派な文章(コピー)です。
 この周辺では、このコピー以上のタッチのものはないといまでも思っています。
 なぜ良いか、それはよい意味での仲間語の使い方なんだと思います。排他ではなく共感する仲間語の使い方。ひとりよがりじゃないと思うのですが、いかがでしょうか。

 あ、遅ればせながらですが、こんなわけで、ぼくは「ふてほど」を使わないだろう、なのです。
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