1
ジャニー喜多川は極端な秘密主義だった。あの語り口
「ユーたち、さー」
という呼びかけだけはまあまあよく知られている。だが、それはほんのトバグチで、なにを考え、どんな態度をとったのかははっきりしない。声のない怪物。わずかしかない情報がいまひとつジャニーの存在感を希薄にしているし、それが、ジャニーへの「怒り」の発現を幸か不幸か抑えているのは確実だと思う。その周到さに
「つくづくずる賢いやつだ」
といまにしても腹が立つ。
ただし、この周到な行動は、ジャニーが所属していたCIAの手法だとぼくは思っている。つまりスパイの常套の手段なんだよ。誰も言い出さないが、ほぼ間違いない。
「CIAでは下っ端だった」
とされているのだが、そうかい、そうだろうか。
四谷に開いたバー『スポット』の開店資金はどこから出ていたのか。
このバーが、後にエージェントだったことが暴露される、正力松太郎が開設した日本テレビの目と鼻の先に置いた監視拠点だった、というのはどうだろうか。もしそうなら資金はCIAから出る。
当時のCIAからして見れば、バーの一軒くらい他愛のない金額だったろう。
そして、そこでメリーは藤島泰介と出会い同棲する。藤島泰介もエージェントだったことはいまや通説になっている。(ジュリーは藤島との間に生まれた子供だった)
ジャニーは日比谷の三信ビルにあったCIAの下部組織の少年育成組織(WWWFだったかな)を稼働させ、野球チームを誕生させる。ここから、日本から退場しはじめたCIA以外の稼ぎ口を探そうと姉弟はうごめきはじめる。ここまでが、ジャニーズ前期なのだろう。
本題に話を戻します。
隠し通してきたリアリティが、かすかだが見えてきた。
NHK「ジャニー喜多川ーアイドル帝国の崩壊」の中でだ。中谷良「ジャニーズの逆襲」にジャニー喜多川の声が記載されている。
中谷良は初代ジャニーズの一員で、控えめな表情が4人の中で特に目立つ少年だった。
その「良くん」のベッドに入り込んだジャニーが知らぬ間に性器に手を伸ばし、「良くん」の耳元に囁きかける。
『これで大人になるんだよ』
強い湿度、肌をはいずるような声、性的異端者の声が、ようやくそばまで降りてくる。ジャニーの顔が下腹部に近づくモーレツなリアリティ。ここではじめてぼくたちは、やっとことの実体を知ることになる。
「そうだったのか」
ここまでこなければ、とても身にしみてはこないものだ。
やさしげだが地獄の死刑執行人の声、まるで少年の人生を輪切りするギロチンのように刃が降りてくる。
二つのコメントを紹介します。
「お母さん、わかっていたでしょう。どうしてイタズラされるかもしれないジャニーズ事務所に息子さんを連れて行ったんですか」
「人生はイロイロあるし何事も経験だから、広く言えばそんな経験があってもいいかなと思っていたわ」
「ジャニーさん、尊敬しています」
「売れてしまえば、ケツの痛さなんてすっかり忘れてしまいますよ」
上はジャニーズに子供を連れて行ったお母さん、下は江木俊夫(フォー・リーブス)のコメント。どちらも壊れたラジオのような空疎な声に聞こえる。この空々しさがジャニー喜多川を野放図にしてきたのかと思うと、中谷良が出したホントの声の悲しい確かさにはうなずくしかない。
「Show must go on.」を唱えた男も、頭の中は壊れたラジオなのだろう。なんともバカなやつだ。
はじめは小学生だった大島くん(にっこり笑った写真がアップになる)は、事務所をやめるまで200回も被害にあったと言っている。彼の本にも
「やさしくするからね」
というジャニー喜多川の声が書かれている。
2
NHK「ジャニー喜多川ーアイドル帝国の崩壊」の中でもうひとつわかることがある。ジャニーズの巨大化はNHKの若者対策に乗っていた。その動きの一部だったことが(ぼくらの世代だけがわかることなのだが)くっきりと見えている。
ジャニーズは、東京では「陳腐な存在」でしかなかった。以前、書いたのだが
「青学のお姉ちゃんが、ほめる代物ではなかった」のだ。
ところがNHKはオリンピック以後、若者視聴率でほとほと困り切っていた。
あの時代の東京の若者は「NHKをバカにしきっていた」。それは二つの理由によるもので、あの若者の70年に時代が真っ直ぐ進む中「NHKは自民党の手先」で若者の敵というレッテルが押されていた。そして「レッツ・ゴー・ヤング」に見られる妙に衛生的なセンスは、退屈でバカバカしいものでしかなかった。
「頼むから、よしてくれ」
と悲鳴を上げたいくらいの映像だった。
ぼくらの世代では大河ドラマを見たこともない若者はゾロゾロいた。ぼくも見ないし、ソバにいたら変人だ。東京では、NHKなんてラチ外のチャンネルだったんだ。
しかし国民的チャンネルは、低迷する若者視聴率を放っておくことができなかった。
「国会で問題になったらどうしよう」
と怯えていただろうし、局内では最大の問題だったのだろう。
そこでなにを選択したのか。NHKは、ジャニーズにしゃにむに手を出した。倒れ込むように手を出した。
当時の政策部長、若泉氏をNHKの取材班が取材する。すると、
「あんたら仲間だろう。勘弁してよ」
「国民的チャンネルとしては放って置けないわけだよ。その方策のひとつとしてあるわけで、国民的チャンネルとしてはどうあるべきか。そこから、話を起してくれないと答えは出せないよ」
若泉氏はNHKを退職するとジャニーズ事務所に入り役員になった。ジャニーズ利権を獲得した代表と言ってよい氏なのだが、「国民的チャンネルとしては、その道しかなかった」というあまりに素直な答えだった。
(ただし自分に舞い降りた利権は後回しにしている)お恥ずかしい論理だ。
地方を重点とした若者政策の目玉には、ジャニーズは十分な玉だった。
地方の(保守的な)大人たちは常に叱責してくる。
「GSをはじめとした『不良文化』をNHKは、扱うな。良識を忘れるな」
だがジャニーズなら一見、優等生の姿をしているし、NHKの「逃げ道」で「生きる道」になった。二重に好都合な選択だった。
(その後、ジャニーズ追従という同じ道をテレ東も選択した)
では、このNHKの選択がジャニーズにどんな影響を与えたのか。若者文化の地方発の(グルっと)地方でつながる全国ネットという独特な興行構造が生まれた。演歌ならまだしも、ポップスが地方に根を張ることなどあり得なかった。あのナベプロだってできなかった利権が、地方を軸に生まれた。
それはNHKのネットをなぞるように生まれた構造の、�〜換颯張◆爾任△蝓↓▲侫.鵐�ラブだった。つまり、ジャニーズは、NHKの姿なりに巨大化したのだ。そして擬似東京文化は、地方を制した。(実の所)これほどジャニーズの利益構造を言い当てたものはないだろう。
さまざま書いたが、ジャニーズを巨大化させたのはまさしくNHKと言って良いのだろう。この罪は決して小さくない。
だから、ただ一本の番組で終わらせて良いものではないだろう。
「あのドキュメントは、ジャニーズ解禁の前触れ」という報道が出ているのだが、
「嘘だろう」
と大きな声をあげたい。
「国民的チャンネルには必要だった」
とうそぶく若泉氏の省みない言葉には少年を思うこころを一切感じることはない。若泉氏と同じ信条のNHKマンは多々いただろうし、同じように少年を思うこころを持たない人種なのだろう。
その正体が若泉氏の最後の逃げ口上のようにNHKという存在のあり方にあるのだとするのなら、
「なにがあろうとジャニーズに関わることはできない宣言」をする、しかないと思う。結果として国民的チャンネルが、若い国民を傷つけるお先棒かつぎをし、知らぬふりをしたのは事実なのだ。
少しゆるめば、
『大人になるんだよ』
ジャニー喜多川の湿った声が繰り返されることになる。
だって、NHKはまぎれもなく共犯者なんだから。
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