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2024年09月30日03:39

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あゝ、すれ違い。

 秋山真之は、なぜ大学予備門をやめたのか。

 漢文の素養主体で学んだ地方の学生と、外国語を主体にしていた東京の学生との学問の質の差に
「こりゃあ、後から追いかけるカケッコぞなもし」
と半ば呆れていたのではないだろうか。
「これじゃあ勝つまでにゃ、いかんぞな」

 真之自身は、驚異の試験問題の予想術で常に上位の成績を占めていたのだけど、子規の英語への悪戦苦闘ぶりは見るも無残で辛かったのではないだろうか。
「ノボさん、ワシらぁ、どの道を行ったら良いのかなあ」
 毎日の帰り道、自問していたのではないか。

「先が見える」を個性にしてきた真之にしてみれば、(体力に自信もあるし)カラダを使っていく道を選択したのだという気がする。これが海軍兵学校、選択のいちばんの理由だったのではないだろうか。

 しかし海軍兵学校の道がすべて善かと言えば、正岡律との距離をさらにひらいたというのは順当なところでしょう。兵学校の生徒になった途端、その身は(当時の人の感覚では)公人になる。
 ひとりの女性を好きとか嫌いというまさに私人としての気持ち、私心などは持ってのほか、と考えるのだろう。身をお国に預けた身としては、すでに「私」はないのです。

「あっし、もう一度、東京に行ったぞなもし」
 律は、松山の港で真之に打ち明ける。
 これは事実なのだろうか。NHKの調査によるものなのだろうか。
(え、えっ、本当なのか)真之の顔は戸惑う。真っ白い兵学校の制服姿、夏の日。

 ここでもすれ違いが生まれていた。
 あゝ、すれ違い。
「君の名は」で
「この世の花」で、人のこころをとらえてきたドラマツルギィは健在だ。

 というより、前回も書いたのだが
「人はすれ違いながら生きて行く」
 これが、人生の真実だということなのだろう。
「なぜ言ってくれんね」
という言葉が、思わず真之から出かかるが、手をかゝげ踏みとどまる。真之は大人になりかけていた。

 不思議なんだが、こうした動作は消えない残像になって終点まで残って行く。

 港にジュンさんを追って、スソを抑えて走る律の姿が、 浮かんでくる。律は、近づいてくる。
「ここだよー」
手をかゝげると、律の姿は消える。
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