○2006年09月01日の日記再掲載
[汚れちまった青春ー6]
沿線で、「マジメにやる劇場だ」とその積極姿勢がすこぶる有名なストリップに、18歳が2人で行ったのだ。夏休み、だった。
(名前はあとからわかったのだが)いわゆるデベソのところに陣取っていると、布団運びのおじさんが何気なくあらわれたりとか、照らしのおじさんがクルクル、クルクル照明を回していたりとか、大人たちはけろっと手慣れていて、
「なれてるなあ。こーれーが、大人というものなのか」
と、スコブル感心していた。
そうして、もちろん、あの「踊子さんには手を触れないで」の踊子さんの姿に一番よろこんでいたのは、まちがいなくて。とくに山本のやつはすっかり舞い上がってほとんど声もなくなっていた。
でも、真面目なぼくは何かこう落ち着けなくて、少しおびえもあったりして、間があるとキョロキョロとウシロを見回したりしていた。
すると、立ち席のウシロで、ピョコピョコと前の人の頭を間を縫うように、モグラ叩き状態で顔を出す挙動不審なサングラスがいるじゃないか。「なんだ、あれ」。
ライトがパッパ、サングラスがピョコピョコ。
舞台で足をあげれば、ジーと静止。
パッパ、ピョコピョコ、時々ジーのくり返し。
「余計目立つよ、変なおやじだ、いや変態おやじ」
と、と、と、思っていると突然タイムマシーンが走った。シューン。
「あれは、小学校の学年主任のK藤だ」
でかい鼻、ながい顔、ポマード頭のリーゼント、サングラスで隠しきれるものじゃない。ある意味、立派な風貌なのだから隠れるのにはいちばん向いてない。
「それに、いま、やつは教頭だ」
K藤は、教頭だ。ハマった洒落と言ったって、これじゃあ洒落にならないよ。おじさん、無理はいけない、そうだろう。ぼくは、
「見ちゃいけない。見ちゃいけない。これは武士の情けだ」
と必死にこらえていたのだけれど、困りはててしまった。
ぼくらの子ども時代を混乱させるこの事態に困りきってしまったのだ。グッとこらえるこころの土俵際でぼくは疲れ押しだされ、黙っていられなくなった。
「おい、見ろよ」
山本のワキを突っ突くと、
「ナアンダヨ」
と振り返る山本は、裸とサングラスを世話しなく交互に見ていた。舞台に夢中で、気づかないようだ。ほんとにほんとに小さな声で
「小学校のK藤だ」と教えると、山本は一瞬かたまる。
「あのな、あのサングラス、小学校のK藤だ」
そしたら、山本は、まるで小学生に戻ったように
ふらふらっと立ち上がって手を上げたのだ。その上、
「せんせーい」と声を上げた。
「やめろ、バカッ」
でも、バカは止まらない。止まらないから、バカなのだ。立ったたまま平気で手を上げている。腰を掴み、座らせる。でも、場内はなんの変化もなくて、音楽は流れ、ライトはクルクルクル。ひとつだけ変わったことは、サングラスはそーっといなくなったのだ。
「しまった、K藤はこいつの担任だった」
とぼくはあとから気がついた。
聞いた話ですが、K藤は数年後、同じ小学校で校長になったそうです。特に立派な校長だったとは聞いていませんが、不都合も無かったようです。
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