○2011年1月24日の日記再掲載
与謝野晶子はえらいなあ、と不意に気づかされた話しです。
「男ってさ、あの肌の柔らかさに触ったら、もうだめなんだよね」
ツブヤキ・シローみたいな東北ナマリで、(居酒屋で居合わせた)土木のオジサンが突然シミジミぼくに言うじゃないか。そこから話は、はじまった。
というのはオジサンが20才の頃かな、上野のキャバレーにはじめてもらったばかりの給料を抱えて行ったそうだ。
出てきたのは50歳をとうに越えた、ウム、もしかすると60歳がらみの女性だったそう。
「冗談じゃないよ、俺は帰る」
とボーイに告げ立ち上がると、その女性はすかさずおじさんの手を取ってぱっと胸に入れさせた。
それはもう柔らかくて、ハタチそこそこが抵抗できるものではなくて。ヘタヘタと座り直してしまう。
「あの肌の柔らかさに触ったら、もうだめなんだ」
土木のオジサン、以来そういう経験を重ねてきたそうだ。
「なんだこんな女」
と思ってもやっぱり
「男ってさ、あの肌の柔らかさに触ったら、もうだめなんだ」
というのがオジサンの人生の真実になっているし、オジサンの人生のよろこびにもなっているようだ。
ごつい顔が一気に崩れ、まるでとろけるような表情、やさしそうな目。
「柔肌の熱き血潮に
触れもせで
君、死にたもう事勿れ」
と書いた与謝野晶子はえらいなあ。
この詩がなかなかリアルなものだったのだ、とこの表情でハタと気付かさせられました。
中学の時かな、この詩にはじめて出会うのは。でも、それって中学生にはわかるわけないよ。で、ぼくの場合、ずーっとそのままでいた(オクテなもんでね)。そしたら土木のオジサンが神の啓示をしてくれました。
「男ってさ、あの肌の柔らかさに触ったら、もうだめなんだよね」
ぼくの頭の中で閃く。
ビカーッ。
タオルの鉢巻きをした天才バカボンの銅像が片手あげ、その指の先からオーラの光がのびているのだ。
キラキラキラ、キラキラキラ。
天才バカボン像は今で言うお台場に立つ発光する「自由の女神」となって、キラキラを放射するのだ。
「柔肌の、柔肌の、柔肌の」
という呪文が光に連れ、天から降りてくる。
「男ってバカだねぇ」
というバックコーラスもなぜか聴こえてきた。
女性4人組です。
「バー、バー、バッカじゃなーい」
それも「柔らかい肌」というフランス映画の主題歌に乗ってね。天上で「柔らかい肌」主演のジャンヌ・モローがニタリと笑いました。与謝野晶子の顔がジャンヌ・モローの顔にすり変わったのです。まさに「柔らかい肌」フェスティバルです。
バカでもいいもんね。ぼくは少しもグレず、天に向かって返歌をしたのです。
「男ってさ、あの肌の柔らかさに触ったら、もうだめなんだ。
けれどさー、だめになるたび男になる」ってね。
あー、土木のオジサンはどうしてるのかなあ。「柔らかい肌」を握りしめて亡くなったんだろうか。もう涙なしではいられない。
追記:�〕深嫐郛住劼呂┐蕕い韻鼻⇒深嫐邀勝兵紘�時の財務大臣)はリアルな夢を提起できるのかなあ、とふと思ったりしました。
�◆崕世蕕�い肌」、仏映画の名作。主題歌は仏映画音楽の名曲のひとつとされています。
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