青春ってどんな形をしているのか。
青春ってどんな歩き方をしているのか。
どんな声で話すのか。どんな顔で笑ったり、はにかんだりするのか。
青春に定形はなかった。だから青春という言葉はなかなか定着しなかった。それが、ある日を境に、日本人にとっての青春という姿が具体的になった。青春がシャツを着て、髪を手ですきながら歩いて来たのだ。
映画「太陽がいっぱい」でアラン・ドロンがニースの午後の市場を通り抜けてゆく。
そのシーンを見て
「あっ、青春が歩いて来る」
と日本中の女性が声を上げてしまった。もちろん男たちもそれに文句のつけようがなかった。淡い清潔なブルーのシャツが光の中を通り抜けて行く姿は、(月並みだが)まばゆい青春そのものだった。
その時から青春という言葉を話す人のこころには、透き通るような肌、やわらかなブロンド、青い瞳、上品だけどかすかに不良性も備えた美しい青年、アラン・ドロンが思い浮かんでいる。
青春って言葉の語源が中国の古典にあるとか、松下幸之助氏がPHP誌上で発明した言葉だとか、諸説ある。「高校野球、あれが広めたんだ」などという意見もある。しかし、どれも映像を持っていない。つまり、姿がない。
アラン・ドロンが日本人に果たした一番大きな仕事は「青春を映像にした」ことだ。
「世紀の二枚目」、これがアラン・ドロンのタイトルなのだが、そんなことは実はどうでも良くて青春をみずみずしく美しい若者の映像にすることで、いわば日本の若い世代の戦後の美意識を作ったと言って良いのだろう。
もちろんアラン・ドロンを知らない世代がもはや大半になっている。けれどその時に作られた青春って言葉が内包する美意識は、いまもかなりの分量が継承されている気がする。
アラン・ドロンが死んで、青春が死んじゃった。
というわけですが、あの時のアラン・ドロンを超える映像がすぐに生まれるとは到底思えない。あの青春の残像が、流星の尾のように引きずって、少しでも長くこの日本の空の上を走り続けて欲しいと思うのです。
「そいつはノスタルジーですか」
「いや、あのー、ぼくではなくて、そう、ぼくよりひとつ上の世代の青春です」
最後のところに立ってみると、
アラン・ドロンにはやはり青春という言葉が、よく似合う。
注:「太陽がいっぱい」、1960年作品
主演、アラン・ドロン、マリー・ラフォレ、モーリス・ロネ
監督、ルネ・クレマン、撮影、アンリ・ドカエ
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