「お父さま、敬三さんがいらっしゃいました」
「そーかあ」
「…………」
「綺麗な夜明けじゃった……今日も暑くなるぞ」
平山修吉は、末の息子の到着を教えにきた紀子が同じように夜明けの方向に顔を向けると、それまでのことを何もなかったように向き直り、家に帰って行く。
夏の暑さというとぼくはこのシーンを思い出す。今年のようにとびきりの暑さの年にはなおさらだ。何かを促すように気温は上がって行く。この暑さは、どうしてか、なんのためか。一刻の間に、日は昇りはじめ執拗な暑さがやってくる。
何を促し、誰を悲しませるのか。
小津の「東京物語」は、ほぼ穏やかな諦念で作られている映画なのだと思う。その中で唯一、生きることの厳しさを伝えるシーンがこの早朝のシーンだ。
尾道の修吉の住まいの裏手にあたる寺院の境内、背の高い石灯籠が無言の人間のように並んで立っている。平山修吉の残り少ない人生、それが
「今日も暑くなるぞ」と言う無慈悲な掛け声に急かされている。
ぼくは夏の暑さなど恐れたことは、これまで一度もなかった。
今年の暑さと平山修吉こと笠智衆の歩く姿を見ると、いまひとつ小津安二郎が「言いたかったこと」がわかったような気がした。それは天候が、人に自分の季節の終わりを教えると言うことだ。
「突然でしたなあ」
「こんなことなら、もっとやさしゅうしてやればよかったですよ」
いつも天気の話ばかりをしている高橋トヨとの会話だが、どうやらこうしたやりとりも終点の自覚を感じさせる。
「もっとやさしゅうしてやる体力がもはや自分の中になかった」のではと、強い日差しが教えてくれる。
「紀子さん、あんたあいい人だ」
平山紀子に形見の懐中時計を手渡す。時計を手渡して仕舞えばもう二度と会うことはないだろう、そうわかっていても、それをおクビにも出さずカットは進行して行く。
天気の話題が単なる暇つぶしと思っていた頃はぼくは子供だった、のだろう。
「今日も暑くなるぞ」が、
「今日、死ぬかもしれないぞ」
とほぼ同一線上の言葉だと知るようになって、小津の母の「老い」への慈しみがヒヒとわかるようになってきた。
「安二郎、今年の夏はずい分、暑いようだね」
母、あさゑの言葉にドキリとしながら、それでいて知らぬふりをしながら過ごしていたのだろう。
「母さん、今日は最終で帰るから先に寝ていてよ」
などとやり過ごしたのだろうか。そうして、帰り道には、湘南電車の天井から下がっている何台もの扇風機の首振りの動きが、合わせたようにきっかりとひとつになるのをじっと見届けていて、やっとひとつになると
「フーッ」
と少し酔った息を吐き、ほんの少しだけ微笑んでいたという。
変わらないものは何ひとつないと言う。人は、そんな無常の皿の上に並んで生きている。だから、夏が特別暑い日は、人生を急かされる気がする。
もう、ぼくには急かされても困るものはほとんどないのだがね。
「綺麗な夜明けじゃった……今日も暑くなるぞ」
練習をしてみる。実に今年は、このセリフが似合う。
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