えーと「馬鹿は死ななきゃ治らなーい」と少し前に書きました。
これ、書きました通り石川虎造の名台詞で、昭和戦前の大ヒット、日本中で流行(はや)っちゃった。
ヒット浪曲「次郎長外伝」の中、「石松代参」の「三十石船」に出てきます。これがねぇ言わば流行語大賞、
「お前みたいな馬鹿はないよ、えー死ななきゃ治らないねぇ」
などと日本中で、銭湯みたいなところで毎晩のように繰り返されたんですね。
でね、このとびきりの台詞でこの世の馬鹿はすっかり決まりと思ったら、話は続いた。馬鹿に注文がつく。
「馬鹿は死んでも治らない」とあるのだけど
「馬鹿は死ななきゃ治らなーい」と、
どっちが早いのかどっちが正しいのか「教えろ」と言う高踏な意見にぶつかっちゃった。
「えれぇことになった」
でね、馬鹿な話を進めます。
「馬鹿は死ななきゃ治らなーい」からはじめます。生まれたのは昭和初期。そう昔じゃない。
「ガンで死ぬでしょ、死んだ後、ガンは治ったとは言わないわけだから、死んでも治らないとするのが良いのでは」
という説があって、まあ、なかなかよくできている。これに、
「死んだら治ったという確認はできないから、よくて状態の継続、治っていなーい」
と合わせるとなかなかしっかりしています。
でもねぇこの説、前提に足りないものがある。
「死んだら治る」という筋立ては、死んだらみんな重い荷物を下ろして平等になるという「死んだらみんな一緒」思想がバックにあるわけです。昔からの日本人は「死んだらみんなキレイになるんだ」とも思っています。様々な負の荷物を下ろしてさっぱり身綺麗になるんだ、というホトケ思想が入魂されているんですね。だから、あの文句は「スーと受け入れられた」というのがぼくの仮説です。
突然ですが、宇多田ヒカルも言ってます。あの自死の後、
「母が長年の苦しみから解放されたことを救いとします」
などという言葉が出るのも上の「死んだら治る」思想に近いものが半ば根底にあるのかと思います。
では「馬鹿は死んでも治らない」説ですが、これは江戸時代の咄本、滑稽本などの中にあるそうで「馬鹿につける薬はない」と並んで古い「ことわざ」ないし決め台詞となります。職人言葉らしい直接的な口調がまま使われているようですが、それにしても「薬はない」くらいの洒落っ気がないのが残念なところ。論拠と申しますかネタ元は「馬鹿は救いようがないものだ」という意見が下敷きにあり、それが、
「死んで治ったという報告はない」
「死んで治ったが確認できない」
という理詰だけで成り立っているのですね。ま、正しいのでしょうね。
これに対抗するには、もう丹羽哲郎先輩においでいただくしかないと、お電話しようとしたら丹羽先輩もどうやら
「死んだら帰って来ない」
ようなので致し方ない状態です。
と、きましてね。
どちらが古いと言えば、江戸時代からある
「馬鹿は死んでも治らない」
ですね。
どちらが正しいかというのは、これは「馬鹿」のつかまえ方で大分、論点の揺れるとこ。正否の判定は無理なのです。そもそも正否の判定には馴染まない、お題です。馬鹿はいろいろあるのです。
そこでです。
「お前、死んでも馬鹿か」
と寅さんに言われりゃ思わずゴクンと生唾を飲んで返事につまる。ここんとこが正しい人情てぇものです。つまり、大衆は「死んだら治る」を希望している、のじゃあーりませんか。
というわけで、ぼくは「死んだら治る」説に則った「馬鹿は死ななきゃ治らなーい」をよしとします。
「死んでも治らない」説の狭量さと比べると、ひとつ上のこころの広さを感じますね。そうしないと先々、与太郎の居場所が困ることになるような気がします。
愛される馬鹿は、いつの時代でもいる良き日本人のことです。大事にしないとね(藤圭子、赤提灯ブルースです)。
追記:馬鹿は使用禁のモラハラ用語なのでしょうか、馬鹿な質問です。
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