パリ五輪がはじまった。はじまった途端だ、毎日、面白い。
(「毎日が毎日面白い、毎日新聞だ」と自分のコピーを差し込む。)
寝不足ではなく、寝たくない。
五輪は、クーダラナイ、退屈な人生を、しばし活気あるものにしてくれるよね。すごいものだ。
(クーダラナクないのナーイ、こころのボスも感動するのだ)
このスゴイところを、精力善用(嘉納治五郎です)というところで、すかさず提案。
それは、オリンピックを国体方式にできないものか、というものです。
○
オリンピックは巨大化し過ぎた。あまりの巨大化のため金持ち国にしか開けなくなっちゃった。これが実情。その代わり、お金の亡者たちが周りにギヒギヒ集まって、まるで欲張りたちがフォークダンスを毎日でも、踊ろうかという勢いになっている。うへぇー、と想像し、はたまたおののいている。
フォークダンスの後は、もっともらしい胡散臭い話し合いが、日々行われてるってことかなあ。
トップは世界の大金持ちだし、どこの国でも電通的なものが跋扈しているだろうし。謎のオリンピック権力者(特に途上国が多いらしい)が世界中に居座っている、というのも今や通説だ。
巨大オリンピックが続く限り、巨大・マネーは動くんだ。この金、金、金の馬鹿げた騒ぎを止めるにはオリンピックのダウンサイジングしかないのだよ。
○
でね、そのダウンサイジングを「オリンピックを国体方式にする」で実現しようというのが、ぼくの新しいオリンピックへの「魂入れ」であり考え方なんだ。
で、国体方式を説明します。
国体方式の国体とは、国民体育大会のこと。おなじみのスポーツの国体です。その開催の仕組みが国体方式と呼ばれていました。県単位での持ち回り開催ですが、はじまった頃まだまだスポーツ施設が整っていない上に貧乏県が多かった。そこで貧乏県に国が援助してスポーツ施設を整え開催させ、その方式で順々に日本中を回っていこうという仕組み。今思えば戦後の一大事業だったですね。
この方式で開催県が日本国内を一巡すれば、まがりなりにも日本中にスポーツ施設が整い、底辺の組織も出来上がるという計画です。さまざま意見はあれど、大きな成功を収めたことは間ッ違いなーい。
○
貧乏県ではなく貧乏国に、IOCが援助し(元々IOCは営利組織じゃないんだからね)、他の国も資金を(ユニセフのように)拠出し、新しいオリンピックを開催させようという考え方。それで順々に世界中に開催国を回せばいいよ、いい世の中になるよ。
「どうだい、いじゃないか」というのが今度の提案の中身。
これがオリンピック国体方式なんだけど、どうだろう。
スポーツによる貧乏国援助、つまりは差別の解消であり、平和運動なんだけどね。
すっかり「鉄の熊手」が出来上がっているオリンピック。利権の羽交い締めで変わりようはないのだろうけど、あまりの「魂抜け」に一言、言いたくなったのです。
○
「魂抜け」ってのはオリンピック精神が跡形もなくなっているってこと。
平和にも、差別にも、金権のロス五輪以降、次第に声が小さくなっているのは「魂抜け」に原因があるのです。魂より金、状態です。
誰も生温かい金メダルには、勝てないのです。
そこで、「世界へ日本発の国体方式を」というのはすこぶる気持ちがいい、と思ったわけです。
○
この国体方式の偉業は、世界ではまるで知られていない。どっこいこれは戦後の「日本の奇跡の復活」と並ぶくらいの成功例ではないのかな、と思うのです。
で、ね、これをひとつ電通にでも頼んで世界に発信してもらったらどうだろう。
うーん、これはいい考えだ。きっと安くやってくれるよ。
ちなみに今いちばんの貧乏国は、ウクライナです。
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