えーと本日はアマゾンの干し首の話です。
大方の人は知っている。
「知ってますよねぇ、アマゾンの、干し首」
ぼくがはじめてこれを見たのは小学校に上がった頃、
「明日、動物園に連れて行くよ」
ぼくと兄、二人の面倒を見てくれていたおばあちゃんがいてね、この人の甥っ子さんが自分の息子とぼくら、3人の子供を連れて上野の山に行くというわけなんですね。でもね、ぼくは小さいから正直、よくわかんなかった。
「いいとこに行くのかなあ、どうなのかなあ」
よくわかんないものだから、ポカンと困っているんですね。
カーンと夜が開けていい天気。朝早くから上野です。
午前中は動物園、入るとペラペラの紙一枚が渡された。中には、
「チータの最高速度は、時速104キロ」
なんて書いてあってね、小さな写真付き。チータを探したよ。いたけどチータ走れない。狭い。走ればブツかっちゃう。でもね、首を上げて遠くを見る姿でね、「走ると早い」と勝手に納得していたなあ。「時速104キロ」はなぜかずーとおぼえていました。
当時はパンダなんていません。スターは象さんだった。でも動物はあんまりおぼえていない。できたばかりのモノレールを見上げて、お弁当を食べました。
でね、いよいよです。
午後、少し回ってから博物館です。
大きな石の建物(今と同じかな)でくぐって入ると、すぐにマンモスそしてクジラ、骨格標本が立ち並んでいる。あの骨格標本のありがたみというのは、子供には実によくわからない。マンモスと象の区別さえわからないのだから仕方ない。ほぼ通過するだけ。
二階に上がった。少し歩くとすぐ手前の壁の前にガラスケース。近づいて中を見ると、二段になっている下の棚に「あった」のだ。
濃い緑色の、ソフトボール大のもの。毛が生えている。
偶然とは恐ろしい。ぼくは、この緑のソフトボールに目が止まっちゃった。ガラスケースの前から横から、くっつくように覗き込んだ。ガラスはベタベタになったと思うよ。
今度は目が合った。目だよ目。緑のソフトボールには目があって、(まぶたと唇は)縫われていて眼球は見えないのだけど目線はピッタリ合うのです。
「どうも人間らしいけど、人形かな」
と思って説明プレートを読むとタイトルは
「アマゾンの、干し首」だった。
「おったまげ」、(平野ノラはまだいません)たのです。
よーく、よーく見るとこれはとても精巧で人形とは思えないなどと気がつきます。
「でも、大きさが」
説明にありました。切った首を焚き火で燻(いぶ)し、燻製ですね、少しづつ少しづつ小さくして途中で頭蓋骨を抜き取るので、ソフトボール大になるのだそうです。
無念無双の表情ですね。まぶたと唇は縫われているのですが、目をつぶって虚空を見つめる哲学的な表情。顔は日本人に近いのです。
「日本の武士は、死ぬとこんな(寡黙な)表情になるのかもしれない」
濃い緑色の「干し首」を見ながら思ったのでした。
ところがね、ぼくのチームに異変が起こっていた。博物館をみんなで進んでいくののだけど、
「あのバカがいない」。
ぼくのことです。で、逆戻り。二階の入り口付近のガラスケースにへばりついているぼくを発見したのです。
もはや「イモリのようだった」と兄は思い出して言います。イモリは引き剥がされ、家に帰るのです。
その日からぼくはしょっ中、「干し首」にうなされるようになりました。というのはラフカディオ・ハーンの「怪談」を読んでからがいけなかった。平家の落ち武者が「干し首」の状態で宙を舞うんですね。ヒューン、ヒューン。いくつもいくつも、空中を飛ぶのです。これは、いけません。その不気味さ。後に映画版「怪談」を撮った監督、小林正樹に教えてやりたかったくらいです。
えーと、取りとめもない話になりました。博物館体験というのは子供には大きいよ、という話なんですね。
ぼくは後々、クイズ番組で 「干し首」の問題が出ると瞬発で答えました。ぼくのクイズマニアのきっかけだったのかもしれません。それにしてもあの無念無双の表情は戦いに敗れると、男というのはそうなるのかとジーンときました。
「干し首」の人たちはアマゾンの戦士で、つまり敗れた男たちでした。でも、自分は破れていないと主張しているような表情です。
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