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2024年06月24日01:43

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広沢虎造という伝説。

 さーて、と、本日は浪曲の広沢虎造です。知らないでしょ、教えますよ。
「石松代参」をはじめいまなお残る数多の名調子、虎造節、
なんとか文字で再現にぃー、難しいけどーぉー、あーい努めま〜す〜。

 広沢虎造と言っても知ってる人はもう少ないね。浪曲師で、「清水次郎長伝」が超のつく人気外題、このネタで戦前戦後にかけ日本中で圧倒的な人気者になりました。この人の虎造節の特大の人気の秘密、なにしろ特大なんだから、そいつの秘密を知って欲しいと思い書きはじめました。さあ、いきますよ。

 ヨーッ(曲師のかけ声)。
 ぺ、ぺ、ぺ、ペッ、ペーン(三味線です)。
 ハ、ハーッ。

 旅ぃー行けばぁー   駿河の国にぃー茶の香りぃー
 名題ぃなるかなあー  東ぉー海道ぉー
 
 虎造節は、日本の演芸史上の最高の客を呼ぶ出し物とされています。で、その魅力は講談師で「次郎長の伯山」と呼ばれた、神田伯山の語りセリフの名文に、新内マジリとされる名調子が合体して生まれています。その仕上がりをひと言で言えば、(節自体は昭和生まれながら)生粋の「江戸調子」となるんでしょうかね。言葉ズラは江戸弁でまさしく下町言葉そのまま(聴く側は、昭和生まれは関係ないことなので)、これぞ「江戸調子」と聴こえるわけです。

 講談特有のキリリとした江戸前の美文に、粋な調子。
 虎造に「次郎長三国志」を教えたことで、講談仲間から愚痴が出た。
「お前さん、なんてこと、やってんだょ」
と神田伯山は講談組合から除名されそうになるが、よーく調べると教えたのは弟子のろ山だとわかり一件落着などという悶着も起こります。神田伯山の出番を追っかけ回したというのは本当ですが仕上げるには、ろ山による口移しの稽古が必要だったようです。鼈甲斎虎丸の節を生かしたという有力な説もありますが、ぼくはここは通っぽく新内マジリ説を採用します。

 あろうことかぼくは、何回か神田伯山の講談を聞いています。隠れた自慢でした。伯山はもう老境で、
「ゴホ、ゴホ、ンー」
喉につかえる大変な塩辛声で聞き辛かったけれど、渋い江戸前の調子はよくこころに残りました。虎造に通じるところは、子供ながらはっきりわかりました。母親に言わせると
「お前が生まれた頃、神田伯山を家に呼んでやってもらったよ」
と言いますが、生まれたばかりのぼくはもちろん覚えていない。

 地の語りの名文・美文の姿の良さは文字にしてもよく伝わります。「石松代参」の冒頭部分の名文句。森の石松が親分、清水次郎長の言いつけで金比羅山に代参に出る。ところがこの帰り道で騙し討ちにあいナマスにされる。それを前触れの語りで、言い当てます。
 そこのところが泣きの名セリフ、お客さんのこころをつかみます。
 調子をつけずに、素の文章として書き出すので読んでみてください。もはや誰にも、書けそうにない文章だということがわかります。

 またぐ敷居が     死出の山
 雨だれ落ちが三途の川 そよ吹く風は無情の風。 
 これが親分兄弟分に  一世の別れになろうとは
 夢にも知らぬ石松が  清水港を後にする。

 この「一世の別れぃに〜ぃ、なろうとは〜」のところなど先の運命を想像して聴衆は思わず涙したり、かえって思い切るように歌い出したくもなったりします。

「おい、石松。お前(メェ)みたいなやつを、お釈迦様はなんて言ってるか、知ってるか」
「大政の兄貴、なんて言ってるんですか」
「よーく聞いてろよ。さあ、いくぞ」
「馬鹿は死なきゃあーぁ、治らねぇーぇー、ってんだ分かったか」
「へ、へーい」
 あの「馬鹿は死なきゃ、治らない」の歴史的、名セリフは、この虎造の「石松代参」からはじまりました。

「清水一家は強いやつばっかりだって。いいねぇ、客人、寿司食いねぇ。
 ところでだ、一番強いのは、いってぇ誰なんだい」
「そりゃ大政だなあ。こりゃ強いわけだ。元はサムライで、山本流の槍の名人だ」
「そーか、大政はしょうがねぇか。次に強いのは、
 おーおー、教えてくんねぇよ客人、どうでぇ、寿司食いねぇ、酒飲みねぇ」
 分かったでしょう、(しょうがねぇなあ書いちゃった、ジャニーズの)少年隊の「寿司食いねぇ」の大元は、同じ「石松代参」の中の「三十石船」の場面から引いています。

 浪曲というのは大きく分けて二流あります。関東節と関西節です。
 関東節というのは塩辛声で男臭い出し物を特徴としています。関西節は癇声(かんごえ)という高い声、高音の美声をよしとしています。

 この塩辛声の関東節の代表が広沢虎造です。関東の人間は、べランメェに通じるのでしょうが心底、塩辛声が好きなのです。どうしてか、うーん、錆びている感じが「渋さ」の美意識を刺激しているとぼくは考えています。
 森進一、青江三奈、藤圭子が受け入れられる素地がすでにあるわけです。
「森さん、あなたの芸能のルーツは広沢虎造です」
と言ってもとても納得してもらえないだろうけど、ホントのところです。ちなみに藤圭子の父、松平國二郎は関東節で塩辛声です。
 この塩辛声の系譜はまだまだあって、新派では井伊友三郎、大谷市次郎(きっと誰も知らないな)。映画で言えば笠智衆も関東節に通じる声だと思います。

 戻って、もうひとつ名セリフを。登場人物は大体こんな様子です。

 男、伊達   
 渡り鳥かよ  股旅かけて 
 苦労するのも 人のため
 義侠の身で  よく 
 鬼をも挫く  気性だが
 弱いものには つい負ける。

(と続いて、ラストはこれもお決まりの)

 森の石松、代参の
 丁度 時間となりました。
 またの口演 つかまつる。
 ハーッ。ベーン。

 えーと、どうも大変にお疲れ様でした。
 浪曲というのはラクビー観戦と同じで、ここぞのとこでグッとカラダに力が入るのです。節々で知らずに知らずに力が入るので、キーボードを叩いてさえ、ふーっと息をつくという様子になります。(浪曲を歌とすればですが)歌というのは技巧ではない、こころ歌のようなものだと教えられる良い機会になります。体の芯から出る声と言葉で、こころを伝えるものだと知るのですね。
 で、今日も勉強して疲れ果てました。


追記:藤圭子の技巧を使わない歌い方のルーツは、父親の浪曲にあるのかと思い、浪曲について書いてみました。藤圭子探しの一部です。
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