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2024年06月22日00:26

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植木等の時代。

○2007年04月11日の日記を改訂:文末に「たけし」のコラム


 リズムもいい。声もいい。
「ギャ、ハハハッ」あの、笑い声もいい。

 言い尽くされたことだが、植木等は高度成長の申し子だった。それ以上かな。いまとなって見ればだが、高度成長の「ブロマイド」と呼ぶのが正しいのかもしれない。全体が、なんとも軽くて、あまりないことだがキラキラ、光っているおじさんだった。

 かわりばんこにでてくるスターの位置には、人工的に作られた照明があたっている。植木等はそのまんまん中に、ややがに股の足取りで入って来て、「やぁ」と片手をあげた。その瞬間にズキューンと照明が追加され、シャッターが押された。
 そうして時代と植木は、歩調をあわすようにグルグルと動きはじめた。

「快活さとしたたかさ」は、バックボーンを失い素手で生きる戦後の庶民の唯一の武器だった。これさえあれば、誰でもが正義になれるのだ。

 植木等は何とも見事に演じ切った。大手を振って演じた。大通りを、大手を振ってスキップを踏みながら進撃するのだ。
「ご苦労サーン」
 挨拶がわりにヒョッコと頭を下げることはあっても、振り返ることはトンとない。

 あの「快活さとしたたかさ」があれば
「俺だって社長になれるかもしれない」
「こりゃ、毎日が気持ちよくて仕方がない」。

 植木が描いた夢は、いわばこんなものだった。

 庶民に既成の価値感を押しつけ手下を集めようとする者、高度成長の中を素早く勝ち抜く計算をはじめた者。植木のギャグは、こうしたいささかウサンくさい者たちに仕掛ける精一杯のアバンギャルドな地雷なのだ。

「お呼びでない。こりゃ、また失礼」

 うさんくさい倫理や論理が横行すると、そのいんちきやいかさまぶりをこのギャグ一発で暴いてしまうのだ。
 ドカーンッ、(地雷が破裂する)。
 画面がガクガクガクガクとゆれるたび、いかさまがボロボロと見えてくる。画面にしても、当時の大道具は安物ですぐに壊れた。そして、戦後に次々と現れた倫理や論理も同じように薄手のものだった。
 いま思えば「お呼びギャグ」は戦後日本という時代の弱点をさらけ出す、実にハマリのいい画面だったのだろう。けれど、当時、その指摘をしたものは誰もいなかった。

 このギャグの中で、植木は、つまり庶民にとって「こりゃ、毎日が気持ちよくて仕方がない」人生のプロトタイプなったのだ。

 おおよそ小気味のいい無意識なアナーキーに背広を着せたら、無責任サラリーマンが出来上がちゃった。
「ギャ、ハハハッ」
どだい本人もびっくりしたが、高笑いでやり過ごした。もちろん咄嗟のアドリブだった。
「おい、わかってんのか。日本ってのは無責任社会なんだ。どこになにを尽くすか知らないが、無駄無駄、どんな忠誠も意味ないんだからね」というこころの声。
 青島的戦後イズムは、ややガニ股の植木がなり変わり日本中にパーッと振りまいた。

 なんとも恥ずかしながら、ぼくは、その頃、中学生で浅草育ちの同級生と校庭のスミで「お呼びでない」をはじめ植木ギャグの練習をしたものだった。
 ぼくは不器用だったけど、同級生はなんとも器用で
(ぼくが植木の役どころで)
「なに、ボーヤの工場が火事になった。
 それで、この万年筆をもらてきた」と、突っ込むと
「ウ、ウ、ウ、ウ」(谷啓の泣声)
「そうかい、そうかい、あんた誰」
「谷ダァーッ」
「アリャーァ」(ガラガラガラという思い入れ)
 ぼくはともかく同級生は実に間のいいマネ芸で、内心うらやましかったものだった。
 そして、なぜかさっぱりして授業に戻った。

 中学生のぼくらがさっぱりするくらいだから、すこしずつすこしずつ広がりはじめた高度成長のヒズミに腹をたてはじめていた多くの人はどれだけさっぱりしただろうか。

 そして、高度成長のもっとも大きなヒズミ、二世議員の登場(環境問題に隠れていたがこれが自由競争の時代の終わりを告げるもの)となって時代は次ぎの展開を迎える。

 植木等の唯一の欠点は、足元の頼りなさだった。踊りから芸を学びはじめていない芸人の共通の欠点なのだろう。
 それは、植木等を愛した多くの人の足元の不確かな人生にも通じていたようだった。勢いだけで大して安定はしていなかったというのがホントのことなのだろう。

 大方の日本人は高度成長のさほど多いとはいえない分け前を手にした。そして日本は、植木等の頼りない足元のようにフラフラ、フラフラ、あちこちによろめきはじめながら70年代を終え、80年代を迎えっていった。 


                ○


 余談ですが、上の文の中からぜひ伝えたいこと。

「植木等の唯一の欠点は、足元の頼りなさだった。踊りから芸を学びはじめていない芸人の共通の欠点なのだろう」。
「たけし」がタップダンスから修行をはじめたことがいかに大事なことか。ここから理解してもらえればと思います。タップダンスが、「たけし」の芸の間とおさまりの良さを作っています。
 このことを理解して「浅草キッド」を見ると、エレベータの中、屋上とひたすら「たけし」が踊るカットへの理解が少しは深くなります。
 深見千三郎は、よき師匠だったし、「たけし」は幸運だったということです。
「師匠、小遣いです」が、いまよりずっと素直に見ることができるはずです。
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