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2024年05月24日00:26

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日本サブカル起源

 日本のサブカルチャーはどこから生まれたのか。これはねぇ、ぼく的には、はっきりしています。1970年、パックインミュージック第二部の林美雄の放送からはじまりました。これが答え。マスコミがノーブランドの若者文化と結託したはじめての放送です。

                 ○

 アングラ文化というのは名称を含め少し前からすでにあったんですが、そこだけに拘らない生の若者の間に自生する音楽や文化を深夜から明け方にかけオンエアー。突然、アナウンサーが競馬のテレビ馬のように単騎独走しはじめたんですね。

 誰も知らないとこで突っ走ったんです。深夜から夜明けまでの暴走です。
(後から知るのですが、スポンサーなしの空荷の放送、無人地帯だったようです)

                 ○

 わかりやすいところから、
「もう歌手、やめようかな」と結婚したばかりの由紀さおりの「夜明けのスキャット」をタイトルバックに使ったところ大当たり、ミリオンヒットで歌手に復帰しちゃた。(詩をあわててつけて、投げ出すように店頭へ、それでもプレスが間に合わない。するとなんとミリオンです)

 あげく由紀さおりは離婚してしまいます。

                 ○

 夜が開けたら、いちばん早い列車に乗って…浅川マキを流した唯一の大手メディアですよ。あの暗いねぇ歌ですよ、とても夜ヒットには呼ばれません。ところが明け方の放送にあったのか知らぬ間の「アレ、なんだこれ」のヒット。
 カモメ、カモメ、さよならあばよ…と「カモメ」も連続ヒットです。
 淺川の縁か、山木幸三郎X寺山修司コンビの日本語ブルースに凝ってね、いよいよ原田芳雄も登場する。平然と誰も知らない原田ブルースを何曲も何曲も流したなあ。
「舌切り雀」の頭サビ、
 玄界灘の波しぶき、浴びてはるばる会いにきた〜、高校生が自前の波しぶきを飛ばすんだ。
 かと思うと「八月の濡れた砂」を猛プッシュ。わたしの海を真っ赤に染めて、、夕日が血潮を流しているの…石川セリは、この番組の中では大スターだった。テレサ野田のヌードもキッパリ若いお役目を果たすんだ。

                 ○

 赤塚や浅井慎平の縁でタモリとつながり、デビュー前なのに「四カ国マージャン」を何回も流していたね。確かイグアナの実況もしたと思うけどな。
「バタバタバタ」、足音がして近づく、「ペタ、ペタ、ペタ」はイグアナの普通歩き、実況アナウンサーは座付きでいるわけだから。
「歌う銀幕スター・夢の競演」、ぼくは行ってないけど、このバカっぽさは最高だね。渡哲也、菅原文太、原田芳雄が厚生年金でまともに歌うんだ。

                 ○
 山崎ハコ、斎藤哲也、RCサクセションと誰もよく知らない歌手のそこそこお初デビューが続くんだけどね、決定版は、
「この人は天才です!」
と興奮気味に荒井由美を紹介したあたりで、同時に聞き手の第一世帯の世代交代だね。ぼくら世代は引退だ。そして「オールナイトニッポン」がノシ上がってくる。
(荒井由美で世代交代というのは、サブカル全体の視点からも良い線だと思うよ)

                 ○

 その時代のラストコール(夜明けのスキャトにかぶります)
「サヨナラの言葉に、その意味がないように。
 また来週、お会いしましょう。
 パックインミュージック第二部、木曜担当、林美雄でした。」

 毎週が歴史のようでした。夢のような、というよりほぼ半分寝ている明け方でした。
(忘れねばこそ、思い出さず候です)

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