○2008年12月15日/・16日の日記再掲
ぼくがはじめて寺島町に行ったのは、中学2年生の時だった。
都電・向島線、寺島町。駅ホームはまわりを大きな枕木で囲われていて、錆びた番線が張ってあった。浅草からほんの数駅なのにうらぶれたまるで地方の駅だった。
路地を次々に抜けていくと「おい、家に来い」と声をかけてくれた島村先輩の家はかなり奥の方で、着いて二階に上がると、何をさっしたのかお父さんが
「おい、これ」
とサッポロ・ジャイアンツを、そうだなあ3本位だったかなあ、島村先輩の部屋に置いて行った。サッポロ・ジャイアンツとは特大のビールのことで1本で2~3本の量だった。
ぼくは寺島町というと、このサッポロ・ジャイアンツばかりを思い出すのだが、同じ年頃でこの街の「街の子」として育った木の実ナナは、女の子だけにボケッと生きている中学生の男子にはできない生き方をしていたようだ。
2008年12月のNHK「わたしが子どもだったころ」を追った2篇です。
1
すっばらしーできだった、今週のNHK「わたしが子どもだったころ」。
主人公は木の実ナナ、けれどその仕上がりは主人公の個人史のレベルをスッポリとび越えて戦後のある時代のドキュメントの様相を呈していたね。まさにお見事です。
貧乏がつくるしみるような純情とにじむネオンの色がつくる、淡いセレナーデのような映像とストーリー。
「NHK、やればできるじゃん」です。
木の実ナナが生まれたのは寺島町、寺島町と言えば玉の井。「抜けられます」の看板で有名な、(青線というのかな)路地が続く夜の町。亡くなったカスリの漫画家、滝田ゆうの町でもあります。
玉の井の周辺を扱った映画には『赤線玉の井、抜けられます』と『にっぽんパラダイス』がぼくの中では名作中の名作なのだが、この二本に匹敵する完成度です。
まず舞台仕立てののセットの使い方、心に浮かぶ空中楼閣のようで、なにやらイメージをわかせるのです。それを支えているのは抜群の再現力ではないのでしょうか。ぼくにしても、線後(戦後ではありません)中学生になって行ったことがあるだけなのだが、「あー、これだね」とうなずきたくなるほど。
NHKの連中は当時の町内の地図をもとにピッタリ再現したらしい。「お姉さん」たちの立ち位置までピタッと決まっています。
そして子役の上手いこと。タイトルバックを見ると橋本くるみという子なのかな。「東京キッド」の当て振りなんぞは、まさに泣きたくなるような映像だね。子ども特有のくささとか時に悪めだちするエゴがなくて、ストリーの中に溶け込んじゃっている。きっとこの子はいまに相当な女優になるよ。
で、まあ、内容の話なのだが「貧乏がつくるしみるような純情とにじむネオンの色がつくる、淡いセレナーデのような映像とストーリー」。これだけおぼえておいてくれればいいよ。
貧乏がやさしさをつくりだし、にじむネオンの色に溶けていく。溶けていくから、なおさら胸にしみてくる。
小さな豊かさがつくりだした、不格好ないまのエゴの時代をあざ笑うように、セレナーデのようなやさしい映像が流れていきます。
東京育ちの人じゃないとわかりずらいところがあるかもしれないけど、その時には説明しますのでよろしく、と。まずは、速報。
2
「お姉さんたちがタバコをプカーッと吸ってるの。カッコイイナーと思っていたわ」
と木の実ナナは言う。
女性というのはいつの時代でもぶ厚い防御をつけて生きている。いまはかなり少なくなったが、重ねてつける下着はまさしくそれを物語ったっている。無防備な女性なんていないんだから。
稲垣足穂先生なら
「開いた性器を持つものの当然の選択」
とでも言うのかな。
化粧というのも言わば世間からの防御の壁で、オシャレなんて意味にだけでとらえていたら、あまりに情けないよ。
それでなにを防御しているのかと言えば、本心というやつさ。
けれど裸の心で放り出されるように生きている女たちがいる。町の女たちです。東京でも、ニューヨークでも、パリでも、それは同じでね。だから女のやさしさを知りたい男たちは夜の町に通う、通う、通う。
あ、性器だけを期待する即物的な男も半分くらいいます。こういう人たちは小説にも、歌にもならないただ生きてるだけの男だから無視。
木の実ナナの純情さはすぐに「お姉さんたち」のやさしさにからむ。
「ほら、こっちにお出で」
窓から窓へ乗り超えて隣の「お姉さん」の部屋に行く。赤と青のガラスがはめまれた灯り取りの窓。ぺたんと座っている「お姉さん」。真っ赤なドレスが壁にかかっている。
裸の心の女がひとりいて、まるで無防備な少女とむきあっている。
木の実ナナが乗り越えたわずか30cmの隣の家との境目。
バレーできたえた足を思いきり開いて、家と家のスキマをまたぐと少女の素肌の股間を風が走る。
ヒューッ、ナナのいちばん敏感な部分をなぞるように走る。思わず腰をしく。
銀座に連れて行ってくれたその「お姉さん」は窓越しに泣き声が聴こえた翌日、いなくなっていた。線後だった。
そうして、こんどは木の実ナナが、世間という谷間に、やはりバレーできたえた足を思いきり開いて出て行く。こんどは、こんどは、腰をしいたりせず、「お姉さん」と話した夢をかなえに。
セレナーデは、陽気なポップスに変わっている。
「お姉さんたちがタバコをプカーッと吸ってるの。あたし、カッコイイナーと思っていたわ、ずーとね」
と木の実ナナはいまも言う。
(後書きと続き)
木の実ナナが、足を思いきり開いて出て行ったところはSKDだった。SKDとは浅草国際のレビュー・チームで戦前は水の江瀧子、倍賞智恵子も加入していた。いわば浅草の宝塚として長い間、対抗していたチームだ。
木の実ナナはそこでレッスンを重ねていたのだが、すぐに費用の負担に困り果てていた。そこから、またもうひとつの物語が続きます。
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