○2009年3月12日の日記再掲載
『あの子を強い子に育てようと思いました。私のまちがいでした』
小説「疵(きず)」のラスト近く、息子であり、主人公である花形敬との関わりを聞かれて、まるで生涯の息を吐き出すように母親が著者(本田靖春)に深々と語った言葉だ。
花形敬の母親は、品のいい婦人という言葉が相応しい老女で、落ち着いた声だったという。だがそれは「生涯の息を吐き出すように」語られ、母親の無常の夢のかけらは深い息に押し出されるようにコロンコロンと立派な仏間の中を転がっていった。
強さとはなんだろうか。いま読み返してみても沁みてくる。
渋谷で、いや東京でいちばん強い不良と言われた男、花形敬。ギャバジンのダブルのスーツに、刃物なんぞひとつも持たず渋谷の町をさすらうゴロをまく。いつも拳ひとつで闘う不良、花形敬。隠れ住んでいた二子(ふたご)の町で、スーツのシワをとりたくて、アイロンを手に入れようと表に出たところで刺されて死んだ。
『わかった、いちどだけ小野さんに会わせてくれ』
花形が属している不良上がりのグループが、渋谷の地下鉄車庫脇のバラックで道場を開いた。その棟梁をさらって来た時の話しだ。
渋谷で筋を通さずバクチ場を開くことは、いわば博徒にとっては目の前で縄張り荒らしをされていることになる。放っておいては博徒稼業は成り立たない。
「安藤、わかっているんだろうな」
そう言ってクルマに押し込んだ。安藤が返した言葉もひとことだけだった。安藤とは、花形が属する(後の)安藤組の棟梁、安藤昇のことだ。
やがてクルマは長い植え込みが続く屋敷の門の中に滑り込み、安藤は玉石で固められた冷たい三和土の上に座り込む。
「安藤、どしたんだ」
「小野さん、すいません」
三和土に座る安藤の前にあらわれた男と交わした言葉はこれだけだった。男は足元にあった桐のまさ目の下駄を手にとると
「バカヤロー」
頭を一回、ドヤシつけた。
軽い音が玄関にひびいた。
「帰してやれ」
とだけ言うと、男は奥に引っ込んだ。
勝利とはなんだ。
こんなフレーズで終わる「KEIRIN」のCFを見ていると、男たちの命がけだが馬鹿げた闘いの思い出が次々に頭の中を走る。
そのひとつ「ゴッドファザー」のラストシーンが幻影のように浮かんで来る。年老いたソニーはシシリアの黄昏(たそがれ)の中に、うずくまるように倒れ込む。吹きはじめた北風が運ぶ枯葉が、またたくまにソニーのカラダを覆っていく。
勝利とはなんだ。勝つこととは、なんだ。
「(強い男より、やさしい男に育てればよかった)」
花形の母親がつたえたかった言葉はきっとこうなんだろう。
世の中は生物(なまもの)でむずかしい。むずかしいけど、やっぱり答えは「強さより、やさしさ」なんだろう。
そうして結局、人はチャンドラーに行き着く。
「タフでなければ生きられない。やさしくなければ生きてる資格がない」
あー、やっぱりそうだね。
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