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2024年02月10日08:38

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遠い空。

○2008年06月13日の日記再掲載

 あるスタジアムの3階席のスタンドから、遠い空を眺めている。グラウンドでは、高校生の声が響いている。

 水色の空が広がり、小さな白い雲がところどころに浮かんでいる。この水色の色味がよいのだ。強い青ではない、ちょいとボンヤリした青で、少し冷んやりした風になんとも合う。

 このまま眠ってしまったら、人生どれだけ愉快だろうか。目蓋を閉じたくなるのだが、何か別時間の出来事の記憶がふつふつとわき上がってくる。

「いくら死んでものぉ、人はむっくりむっくり生まれて来るんじゃ」
笠智衆が、青空にたなびく焼き場の煙りを見上げながらつぶやくのは、小津の「東京暮色」だっただろうか。

 煙りはゆっくりゆっくりたなびき、カメラは微動だにしない。

 青い空を見て、虚無を感じるのは、年齢のせいだろうか。
「お前はねぇ、男の世界ばっかりで生きてきたから、まるで女の人の気持ちというものがわからないんだねぇ」

 母親のクルマ椅子を押しながら池の回りをまわっていた時、人生何度目かの同じ言葉を聞かされた。あれは、どんなことを言いたかったのだろうか。自分のことだったような気もするし、不始末ばかりする、ぼくの周辺のことのような気もするし。
 あの日も、こんな空の下だった。

 それからまもなく母親も亡くなり、ぼくはいま青い空をながめながらクルマ椅子を握った筒状の感触だけを手の平に感じている。

 手の平の中をヒョイと風が吹き抜ける。

 ふっと手の平に目をやる。そこにはなんにもなくて、風が通り過ぎたわずかな時間の感触だけが残っている。

 遠い空を見る。
「あー、こぅんなことなら、もっとやさしくしてやればよかったとですよ」
笠智衆が(モノクロだが)青い尾道の空の下で、お悔やみの言葉を言う高橋トヨに答える。

「あー、こぅんなことなら、もっとやさしくしてやればよかったとですよ」
 ぼくは、笠智衆の口マネをしながら誰という当てもなく、遠い空に向って言ってみる。

 遠い空からはなんの答えもないのだが、スタンドの下から、
 カーン、
 乾いた音が聴こえた。小さな歓声が上がった。

 それはまるで遠い空のBGMのように、空のはしっこから聴こえた。
「あー、これもよしとするか」

 ぼくは、そうつぶやくと白い雲はかすかに動いていた。
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