○2008年11月3日の日記再掲載
15年前、NHKで自分の子供時代を自分で語りながら再現するドキュメントがあった。その太田光の回をぼくはとても気に入っていて、さらに文章ドキュメントにしてみました。太田の想像通りの姿に思わず安心もするし。薄闇の中でのラストの再会は不思議な人生の再現で、いまの時間が揺れるような映像になっていた。
○
「俺さ、ひねくれているし、得意なものはなんにもないし、野球なんて、てんでだめだよ。子どもらしいところはなんにもないし。
10歳の時だけだよ、子どもだったのは。大人がやっちゃいけないことを次々とやらかして、きらきらきらきらあの一年は光っていたよ」
4年3組、太田光は、ある日、唐突にやって来た鈴木武志くんに誘われて次々と10歳の掟破りをはじめる。
まずはパチンコ屋に入り込み球拾いをする。
近所のエレベーターの中で、2人でションベンをする。出切らない内にドアが開き、たらたら、たらしながら逃げていく。なぜか男の子の冒険談にはションベン話がでてくるんだなあ。あの辺がもぞもぞする時期なのかなあ。
2人で好きな女の子の家に土足で襲撃し、武志の手の平で「間接キッス」を盗んでくる。
「俺が先だ」
「俺にも吸わせろよ」
光と武志は2人でチュウチュウ、チュウチュウ大騒ぎ。その女の子はいまもその襲撃をおぼえているそうだ。
地元のキャバレーに入り込み、氷水を一杯ひっかける。
「飲んだら、出て行けよ」バーテンの声。
10歳のキャバレー通いさ。
神社の裏で、スケバンの姉ちゃんからタバコをもらい、はじめての一服をやってみる。クラクラ、クラクラ、フーッ。
いくつになっても、いつもその時のイタズラの残像みたいなものがゆらゆら揺れながら見えている。
プカプカ、ゆらゆら。スケバン姉ちゃんのまっかな口紅。
だんだん小さくなるラムネ売りのオジサンの顔。
パチンコ屋でつかまったタケちゃんを待っていた、真っ暗な公園。
はじめてのことをする時、人は自分の生きるカタチが見えてくるもんだ。イタズラばかりやった「10歳の時だけで」太田光は、イタズラなわが人生の先行きをしっかりと勉強しちゃったらしい。
まあまあ、よかったね。よくあると言えば、よくある話しなのだけど、太田らしいまるであっけらかんとしない、引いた感じがあってつたわるものがあるね。普通イタズラっ子というのは、イタズラのことなんて忘れるものさ。
でも太田光は忘れない。だっていまも同じだからね。相手が鈴木武志くんから、相方の田中に変わっただけなのさ。そうしていまでも掟破りは忘れていないようだから、えらい、えらい。
1年を過ぎると、4年3組、太田光は、5年2組、太田光となり本人曰く、わずか1年の子ども時代は終わる。
「そうなんだよ。クラスが変わってそれからタケちゃんとはすれちがうくらい。遊ばなくなり、会ってもいないなあ」
太田が、こう話して夕暮れの小学校の校庭に立っていると、後ろからゆっくりゆっくり背広姿のオジサンが歩いてくる。
光量不足でゴーストのような画なのだが
「ひーちゃん(太田のこと)、俺だよ」と声をかけてくる。あの鈴木武志くんだった。
イタズラの残像は、思いきりほんとの声になって目の前に来た。鉄棒の前で向かいあった。
どうやら普通の大人になることができたらしい鈴木武志くん、そして普通の大人になりそこなった太田光が、薄やみの中で立っている。これが、昼の日ざしの中なら、見ているぼくだって気恥ずかしい。
イタズラの痕跡を見ることは、そうだな、自分のションベンの跡を見るようなものなんだ。けれど沼になったそいつには、みょうな存在感があって、覗き込むと見たくもない自分の顔が映っている。だから気恥ずかしいんだ。
でも、やっぱりなぜだかションベンの話しになる。ションベンの話しになると、やっと落ち着いてくる。
「エレベーターの中に溜まりができててね。ダッシュで逃げようとすると足がすべりそうになっちゃった」
ションベンの話しになりながら、たらたらとNHK「わたしが子どもだったころ」太田光篇はどんどん暗くなり夕暮れは終わっていく。
まだ立ち尽くす2人には、少し湯気が立ちのぼっていた。
さようなら、こんにちは。少年時代、ションベン時代よ。
太田光は、逃れることはできなくてきっとこれからもションベンをたれ流しながら駆けずりまわるんだろう。もっともっとたれ流しなよ。
ログインしてコメントを確認・投稿する