○2008年9月25日の日記再掲載
水原弘という歌手がかつていました。第一回レコード大賞歌手ですからもう古いよ。1959年、かれこれ50年以上前のことだ。このレコード大賞をとった翌々年くらいにこの水原が、
アキラメました
アキラメました〜
とはじまる「アキラメ節」という妙な歌を歌っていた。
「変だなあ、これはず抜けて変だよ」
当時でさえあまりのアナーキーさ。ポカン、一瞬でケムに巻かれるというやつさ。けれど、この詩は見事なほどのアナーキー詩で、それに気づくのにぼくは50年かかったという話です。
○
文中「石松代参」という、かつての超有名なストーリーが展開しますが、このストーリーを説明してもキリがないので簡単に。これ広沢虎造という人の浪曲で、
「清水港の次郎長親分の代理で金比羅さんに、森の石松という子分が参拝に行きます。途中、貸した金の受け取りで伊勢に立ち寄りますが、金を返したくない相手は森の石松を騙し討ちにします。」そのドタバタ、決闘劇が文中劇になっています。
○
アキラメました
アキラメました〜
白と赤に塗られた小さな箱型のラジオから、こんな軽い歌声が聴こえてきた。
「なんか変な歌だなあ、どうしてこんな歌がいいのかなあ」
ぼくはまだ小学生で、親も兄弟も元気だし、ひいて言えばひろってきた黒い子犬を死なせたくらいで、アキラメなければいけないことにさほど出くわしてはいなかった。
「アキラメって、なんなのだろう」
ぼくの頭の中にはずっと?マークが点いていた。
恥ずかしながらぼくはアキラメない子供だった。そして、それはぼくの隠れたコンプレックスだった。もちろんコンプレックスなんて言葉を知っているわけではなく、対語にあたるクドイという言葉でけなされることを、とても恐れていたからだ。
「お前、クドイぞ」
と言われたら、それはもう生きてはいけないほどの宣告だった。
「お前は粋な人間にはなれないぞ」という意味で、ぼくの家では人間失格に匹敵することだった。父親は「粋な稼業」を終生の主題にしていて、クドイ男はらち外の人間だった。ぼくは、外道になってしまう、そう思っていた。
多摩川園遊園地という東急沿線にある遊園地に映画館があり、そこにぼくはひとりで勇んで出かけて行った。遊園地の猿山の手前にある映画館で有名でもなんでもないのだが、その遊園地が東急の直営なので、東映の映画がどこより早くかかるのだ。
そこで、ぼくは『夕顔』というタイトルの映画をどうしても、少しでも早く見たかったのだ。大分前に見た森繁が演った死に目に、目が開く石松を、中村錦之介が演る。どうして目が開くのか、錦之介はそいつをどう演じるのか、それが見たくて待っていられないのだ。
(この映画はマキノ雅弘、得意のリメーク映画「次郎長三国志」で、死に際に好きな人にひと目、会いたさで片目のヤクザ石松の目がパッと開くというものなのだが、さあ今度はどんな出来になっているのだろうか)
借金をとりに行った石松だが、騙し討ちに合いやっと逃げ出したもののもはや虫の息、村はずれの閻魔堂に隠れている。そこに、追手が三々五々、アクたれの吐き放題でやってくる。
「石松なんてのは意気地なしだぜ」
「さっさと逃げやがって、逃げ足だけは早いやつだぜ」
騙し討ちされた相手に意気地なしと言われてとたんにドモリながら
「おい、おい、よせやい」
傷だらけの石松は閻魔堂から一気に飛び出した。けれど手負いだ、足元さえ危ない。元結が切れさんばら髪、血だらけになった錦之介の石松は切られて、切られて、なますに切られて、その果てに
「夕顔ーッ」
かすかに口を開け声にならない声を出し、赤く血で隈取りになった石松の目が開いた。錦之介、生涯の名演だった。丘さとみが演じる遊女・夕顔の笑顔がフラッシュバックのようにかぶってくる。丘さとみの笑顔が石松の顔に映るように一瞬、口元をゆるませて倒れ込んだ。
真夏の当時のききすぎる映画館の冷房の中で、ぼくは震えながらスクリーンを見つめていた。
「好きな女のヒトに会いたいためなら、見えない目も開くんだ。男というのはアキラメられないんだなあ」
ぼくは、そう思った。小学生のぼくは、この秘密を、そうだなあ40年間くらいしまっておいた。
「これはねぇ、話してもわかってもらえないし、まして森の石松なんて説明するのも恥ずかしいし」
とそのまま奥の奥に隠しておいた。
そうだね、10年ほど前になるか、ぼくの仕事は不調になり、何人ものヒトがいなくなった。そうして、ぼくの好きなヒトも去っていった。(2000年の頃です)
アキラメました
アキラメました〜
それからアキラメ節を歌いながら、スカスカの人生を送っているのだけど、やにはにその次のフレーズが思い浮かんだ。晴れた空にぽかっと白い雲がうかんだように、思わず出てきた。
アキラメました
アキラメました〜
(最後のフレーズが突如、口をついた)
アキラメられぬと
アキラメました〜
50年ぶりだった。素晴らしい型破りな詩にびっくりした。「アレッ」歌いかけの口は、半開きのままで止まってしまった。
アキラメられぬと
アキラメました〜
おい、おい、うまいなあ。ほとんどの人に、人生ってのはこうなんだよなあ。
白と赤に塗られた小さな箱型のラジオが、ぼくを笑うように頭の中で鳴っていた。
○
(まだ続くのです)
「アキラメられぬと
アキラメました〜」
この見事なフレーズの本歌は初代、都々逸坊扇歌の作で江戸時代から今に続く、都々逸という江戸端唄の名作だったようです。さすがに長い時間、生き残るだけのことはあるねぇ。人生の真実をついているようであり、落語の登場人物が目に浮かぶようであり、この型破りのアナーキーさにはほとほと関心するしかなかった。
ログインしてコメントを確認・投稿する