○2009年06月22日の日記再掲載
世襲については、ぼくはこれまでに何度も何度も書いてきたようです。ですが「西村康稔とシェーン」の決闘がいよいよ迫っているので、いままでに書いた反世襲論をあちこち切り貼り一本にしてみました。言ってることは変わらないので繋がっています。
頭は「テレビ・タックル」の感想です。
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テレ朝「テレビ・タックル」今週のタイトルだけどね。実にいいタイトルだ。遠回しの物言いが多いテレビの中で、いつになくもの事の本質を捉えているね。
ぼくが何度も書いているのは、つまりタイトルの通りなんだなあ。世襲が社会の活力を奪い、国そのものをダメにする、というぼくの持論をなぞってくれている。
で、まあ、番組を見ていたのだけれど、内容もまあまあだったね。あちこちに話しがいって、なかなか煮詰まってこなかったんだけど、そこそこ笑える話しで間をつなぎながら、「世襲」が集まり「世襲社会」を作り出し、つまり全体としては格差と閉塞社会をつくっているのだから「なんとかせにゃあいかん」という結論というかオチだったね。
あの番組、半ば(半ば以上かな)お笑い番組だから、ある程度の予備知識がないと笑いにばかり引っ張られて中味がツルッと流れてしまうのだろうけど、ま、言うべきことは言っていた。耳をすませばよくわかる。
つまりはつまり、社会の垂直的階層移動のことなんだけど、日本という社会がこいつをどんどん失っていてね、数値的にはアメリカ社会よりシドイ状態になっちゃった。
垂直的階層移動については以前の拙文か、社会学の基本用語なのでちょっと調べてください。社会の下層の人が努力で上層にアップグレードすることです。垂直的階層移動が活発な社会ほど活力のある社会となります。
世襲は、所詮、半分は選ぶ側の意識のレベルの問題ではあるのだけど、(さほど多いとは思えない)損得の関わりより「この国のかたち」という視点をみんな少し持ち合わせてくださいな。
もちろん利権ネットワークもあるよ、でもね数はそう多くない。こころの底にうずくような秩序意識の方が大きいんだろうな。
地方の人にはむずかしいところあるんだろうなあ、とは思う。
なにしろ平安の世から地縁を生きる軸にしてきたのが日本社会だからね。平安時代から日本の国の地べたは、猫のヒタイほども空きがなくて、すべて持ち主が定まっていたそうです。(後に開墾された新田を除きます)。でね、この土地を「守る、守ろう」という気持が後々まで日本人の強い意識となって村社会をつくってきた、とされています。
世襲問題というのは、この日本人の土地帰属意識と利権の構造との絶妙のマッチングになっていて、この妙な融合を「なんとかせにゃあいかん」わけです。
であろうけど、そこんとこ、なんとかと強く思うのです。
(地縁の起こりについては内藤湖南の日本文化史などがありますが、山本七平「日本的革命の哲学」が網羅していてわかりやすくて、かつおもしろいと思いますよーだ)
この際と思い、世襲のことぼくが書いてきた古いものを次々繰っているとありました。
「戦後民主主義の届きずらいところに日本人の秩序意識があるのですね」
と2008年2月コメント欄に、ぼくは書いていた。
これは、深いなあ。核心だなあ。
戦後民主主義が外国由来とすると、届くのに(定着するのに)時間がかかる。時間が経つとなれ親しんだ「秩序意識」がむっくりむっくり目を覚まし、中から地縁文化が立ち上がってきて、
「あのー、ご無沙汰でした。世襲です。またよろしくお願いしますね」
と挨拶をしてきます、ということになるんだろうね。
(この心理的運動は「人はコロコロ変わらない」という項に丁寧に書いてます)
シェーンこと戦後民主主義は、ガンマンとしてはいささか薹が立っていて危ないのかもしれないな。
世襲、お前は水疱瘡の細菌か、世襲はヘルペスか。と悪口を言い放ってとりあえず今回は終わりにします。
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