○2009年3月26日の日記再掲載
2009年の前回WBCの決勝、ダルビッシュが「スウィパー」を発明した瞬間を再現します。ダルビッシュは一瞬、ボールを見つめます。ドラマは、そこからドラマはじまります。
決勝までダルビッシュは打たれていました。決勝9回裏もはかばかしくなく同点にされ、マウンド上で困りきったダルビッシュは新球を投げます。1m曲がるスライダーです。(ダルビッシュは、大変器用な投手ですぐその場で新球を投げたりできます)
これが、見事に効果を発揮して世界一になりました。
この球を発展させたのが昨シーズン以来の魔球「スウィパー」。大谷もこの球をラストボールにして、世界一になりました。ぼくは、この時“ジャイアント・スライダー”と名付けましたが、いまや魔球「スウィパー」と名前も進化しています。
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9回裏、同点にされたダルビッシュが10回裏、決め球にしたのはとてつもなく大きなスライダーだった。そいつは直前までバッターのどてっ腹をめざして飛んできて急激に弧を描く。
海鳥がコースを一瞬で変える時のように、すべるように曲っていく。ヒューン、急激な1mのスライドだ。野球の世界にこの世にはまだ存在していなかった、右投手が投げる“ジャイアント・スライダー”がこの瞬間に生まれた。
ここまでのWBCでは、ダルビッシュはコントロールが定まらず、苦戦をしていた。いわゆるボール先行というやつだ。その原因はいつもの高速スライダーが沈み過ぎて低目に外れることにあった。
ストライクが入らずボールが先行し、四球を出し力み、ストレートを投げると狙ったようにはじきかえされる。
「ダル、打ち頃なんじゃないか」
と、まあ、悪口を言われる状態であったわけだ。
国際球が手に合わないというのが、コントロールが定まらない理由のほとんどなのだが結果がでなければ、
「ダルはだめだね」
「あ、また四球だ。負けまであるよ、これ」
と言われることになる。案の定、9回も第一打者を打ち取ったものの、ボール先行でランナーを二人出し、同点にされる。(同点にされた時、ホームに送球しなかった内川の好判断もあり)そのままなんとか延長に持ち込んだ。
イチローのタイムリーで10回表に勝ち越したジャパン。
さて、ダルは10回裏のマウンドで大きな判断をする。
「沈み過ぎてボール球になるんだ。それじゃあボールをタテに切らずに、横に切ってやろう」
ボールが指の先を離れる瞬間に、指先はいつものスラダイーよりわずかに横、ボールの横腹をなぞるように切った。生まれたばかりの“ジャイアント・スライダー”は、韓国のバッターのどてっ腹を目指し突っ走り、内気にはやるバッターのバットをあざわらうように、バットの先端20cm先を通り過ぎていった。左右幅で言えば1mはスライドしていた。
バッターは一瞬「しめたデッドボールだ」と思ったかもしれない。それくらいカラダに向かってくる。カラダを開く。ところがそいつはカラダに当たるどころか、きれいにアウトコースへ切れ込んで行った。
10回裏の3人のバッターはそろってまったく同じように空振りをし、日本チームは世界一になった。ダルビッシュは、ふーっと息をつぎマウンドにしゃがみこんだ。
キャッチャーの城島は
「やれやれ、なんとかなった」
と肩で息をし、10年振りに母親に会ったようなほっとした顔で
「ところであの球はストライクなのだろうか。まあ、いい。それにしてもなんてすごい球だ」
など考えていた。
で、ぼくは名前をつけてやった、そいつは“ジャイアント・スライダー”だ。
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