藤圭子は音楽を学ぶためにニューヨークのライブスポットを歩き回ります。
マンハッタンに入る時に、まったく見知らぬ黒人のトラッカーのトラックに乗せてもらったように気楽にね。
「あんた、それでほんとに大丈夫だったの」
と部屋に帰ってからルームメイトのマコに注意されることも何回もあったようだ。けれどほぼ何の気遅れもなく動きまわります。きっとその時の印象なのかな、
「ニューヨークは好きだわ、みんな親切だったもの」
と答えている。
彼女本来の無防備な性格もあろうが、子供の頃の生活で経験した「旅の情け」へのこころからの信頼感なんだろうね。(この時はひとりだが)連れ立って歩く旅芸人に、大きな不幸がやってくるとはまったく考えてもいない。
けれどドラッグ好きだったり、DVマニアだったりするミュージシャンと知り合うことで「あわや」を迎えそうだったという確度の高い噂がある。ハマりそうになった、いや幾分かハマったということだ。この件には確実なウラがないし、その意味では記録するのはハバカルものかもしれない。だがこのトラブルから引き戻す手助けをしたことで、宇多田氏との距離が一気に縮まったとされている。
「なぜあの人を大事にするんですか」
という記者の問い、実のところ「おやめなさいよ」という言葉がつい口の端まで出ながらの質問に藤圭子は
「あの人は、あたしを地獄から救ってくれた人なんだ」
と答えている。
藤圭子の地獄とはなんだったのか。
圭子の言葉から拾ってみると、ひとつはニューヨークでのこの辺りのトラブル、もうひとつはずっと後だがあまりにひどい精神状態を見かねて母親が入院させたとき。ほぼそのいずれかなのだが、たくさんの資料を見ても答えは出てこない、しいていえばひとり残る当事者の宇多田氏に聞くしかないのだが、これはむづかしい。
宇多田氏が本当のことを言うとは到底思えない。話すことのほとんどが嘘で、本当のことは、洗い皿の中の砂金を掬いだすほどしか出てこない人に聞いても仕方ない。申し訳ないけどね。
入院については(退院させるための宇多田氏の嘘の大技を)含め後述します。
またナベショーの一言です。
「ありゃね、英語ができりゃあ神様みたいに見えたんだよ」
ヒットの神様は、相変わらず辛辣です。
この頃、日本からある使者がやってきます。藤原成郷という藤圭子の熱烈なファンの資産家が
「すべて見ます。もう一度、歌ってみませんか。これはもうこちらからのお願いです」
という芸能界復帰のお願いを仕掛けてきます。
それは、一度ではなく、二度三度とやってきます。
藤圭子は、次第に心を揺らせます。
引退の理由は精神的軋轢、その苦しさ。そう、あの時は限界だったんだ。あの時、
「やめる理由はあくまでも私の内面の問題」
と説明しています。その中身は、ステージ恐怖症と本気唱法への自信のカゲリなのですが、ほぼ一年の休養で克服できたものも大きいし、なにより
「歌は好きなのです」。そして、
「今度こそなんの不自然なお金の流れがない、きれいな契約をすることができる」
とも思えたのです。石坂氏との歴史と経緯(いきさつ)を考えると、意外とこれは大きいものだったような気がします。
ただしひとつだけ未知数なものが発生しています。
「こんど紹介したい人がいます」
宇多田氏のことです。
はじめは大した問題と誰も思っていなかったのだが、やがてズンズンズン…と(言葉が悪いが)ゴジラのように姿を現し藤圭子の領域に口を挟むようになる。
芸能界復帰は、まずRVCの榎本ディレクターにひそかに相談が持ち込まれた。ところがことは藤圭子の思うようにはいかない。
「それは、できないよ、純ペー。一年前に約束したことをきちんと守らない、それはレコード会社としては一番やっちゃいけないことなんだ」
そうしてまたひそかに藤原氏を通して、CBSソニーの酒井忠利プロデューサーに持ち込まれる。酒井は
「藤圭子は、ノンバーバルな(言葉にならない)部分を歌にできる唯一の歌手だ。いつかわたしは、ノンバーバルを歌にできる歌手をわたしの手で育てたいと思っていた」
歌手、藤圭子の最良の理解者だった。詩と詩の間に隠れるかすかな音声を発見し
「これこそ、藤圭子ならではのこころの言葉だ」
とさえ言ってくれていた。酒井忠利は山口百恵の世界を作り上げた、伝説の音楽プロデューサーとして知られていた。
藤圭子のためのプロダクション、ニュージャパンプロダクションが作られ、いよいよ芸能界復帰が進行する。
藤圭子は藤圭似子と改名した。再起を賭けた「螢火」は、カムバックと同時進行で制作されたドラマ「新・海峡物語」(原作 五木寛之)の主題歌であった。怨歌と名付け藤圭子を絶賛しながらも、歌い手として短命を予測した五木寛之からのある種、返歌のように見えるドラマ。
70年から10年を隔てた五木寛之と藤圭子の出会い。
阿木洋子の情念のような詩の世界。
藤圭子の歌唱力は、酒井の言葉を借りても、
「その凄さは、いちだんと高まっていた」。
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