◯2006年11月16日の日記再掲載
月田さんは戦争から戻ってくると、すぐ巡査になり、生涯をそのまま一巡査で終えた人でした。
(これは、とてもめずらしくて、普通にしていれば1階級くらいはどうしても昇進するもので、巡査のまま定年を迎えるのは、ごくまれな例だそうです)
「戦争でピストルだけは、おぼえました。人に向けて撃ったことはほとんどないんです」
地味な表情に、ニキビ跡が残る肌。袖に黒いカバーを着けていたら、誰が見ても役場の職員にしか見えないような実直そのものの人です。
その月田さんのたのしみは碁。明けの日にはほとんど必ずやってきます。これが、とうてい上手とは言えません。警察の人にありがちな、つまりしなやかな思考がないのです。カタ通りに進むことにまったく疑問を感じないのです。ぼくらが言うところの、進歩がむずかしい思考のタイプ。
「同じことばかりやっていると、手がのびませんよ」
教えるのだが、結局はむだで、いつしか同じ手に戻るのです。
けれど、がんばります。とことん、がんばります。もう誰が見てもすでに勝負がついた碁にしがみつきます。
「いやあ、もう、投げたらどうですか」
とあからさまに言われても聞こえないのです。どうやら分厚い鎧のような皮膚が、あざけりもひやかしも跳ね返すようです。
生涯巡査という、いわばあきらめた人生を抱える男のどこにこんな執着があるのか。その落差におどろき、人間という鉱脈の深さに、若いぼくはそばで見ているだけで、ただただ理解しがたくうろたえてしまうのです。
不思議なことに、碁仲間に特高帰りの同年輩のおじさんがいて、この人と犬猿の仲。彼らふたりには、ふたりにしかわからないある正義のモノサシが横たわっているのです。
「いいかげんにしないか。汚いよ」
「先輩だと思ってゆずっていれば、その口の聞き方はなんですか」
大概は月田さんの、行き過ぎたねばりに根負けした、元特高氏の言葉とそれへの言い返しからはじまります。
主張する元権力は、押し黙る小権力の突然の反抗にたじろぐというような図式です。
こんな日常の月田さんが定年間際になって、秘密をうちあけるように語り出したことがあります。
「わたしね、花月園の警備をずーっとやってました。20年くらいですかね」
花月園とは鶴見の競輪場、そこの警備巡査を長い間やってきたということです。
「そうですね。10年目くらいから、ある必勝法を発見しまして、
これで給料と同じくらい稼いでいるんです」
「えっ、それにしても制服で買うのですか」
「いよいよだと制服で買いますが、まあ、やり方はありますから」
必勝法とは、競輪に関わる役人や予想屋の間での語りつがれた、ある方法なのだそうです。
それは、競輪の中には特別カタいレースがあって、それに10万円ほど注ぎ込むというのです。それで、2倍程度の配当を手に入れるらしいのです。
しかし、カタいといっても微妙な崩れがあります、その崩れを見分けて、ほんとうにカタいものを選びわける目。それが彼なりのやり方のようです。
しかし、それより、月田さんが制服で車券を買う姿を想像すると、それはもう喜劇でしかありません。
「でなきゃあ、ただの巡査で、こんなに早く家が立つわけないじゃないですか」
その話が、嘘ではないこと、そして合わせて家の自慢をします。
実際のところ、ぼくにはその必勝法に興味もなければ、どのくらい儲けたかも興味はないのです。ただただ、戦後をたんたんと生きてきた、不安定なものには目もくれず生きてきた、月田巡査の背後に、山っ気が隠れていたことにおどろいたのです。
「実は、定年になったら、競輪で食っていこうと思っています」
不器用そうな語り口でそこまで言い出した時、もはや唖然とするしかありませんでした。あきらめてばかりで生きて、死ぬ。そういう人生もあるものだ、と思っていたのだけれど、どうやらまちがいだったようです。
人には見せないあきらめの底には、まだうっすらと命の炎があったことに安心というか感心というか、ぼくのこころをグイと立ち止まらせるには充分なものでした。
「うまくいったら。うまくいったら、そう、また来ますよ」
重く眠っていたような目がほんの少しだけ光って、分厚い鎧のような皮膚にすーっと赤い血が通ったような気がしました。
定年後、自宅から競輪場、碁、コップ酒、自宅と周回する人生を、そうだなあ10年近く続けたかなあ。けれど、ある日、突然、周回は終わり姿を見せなくなりました。
「カラダを壊したんじゃないかなあ」
という声が上がりましたが、実のところ月田さんの自宅の正確な所番地を知る人はいなくて、誰も確かめることはできませんでした。
何回かそばまで送ってあげた時のことを思い出すと、相鉄線、星川駅からやや離れた(当時は)林の奥だったと思います。
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