◯2007年01月23日の日記再掲載
早稲田の体育局には風呂がある。
運動部員用の風呂なのだけど、その中に時々およそ運動部員とは思えない貧弱なカラダの学生が風呂につかっている。
「うーん」
おっさんが風呂に入った時に出す、あのまんまの声を湯舟に入るともらすのだ。
なんとこの風呂場に不似合いなおっさん風のこの不思議な男はなんなんだ。
「よぉっ」
前の日、この男はコンピュータ室の椅子で居眠りをしていた。挨拶をすると、うす目を開けて、小さく挨拶を返してくれた。このコンピュータ室は学生が自習用に使える24時間開放の部屋なのだ。
ここで居眠りをして、体育局で風呂に入り、ほとんどのコンパに顔を出す。朝はいちばん早くて、夜はいちばん遅い。さて、どうやって時間を使っているのかなと思うでしょ。
その答えはカンタンで、男はなんと学校に住んでいた。
彼の名前は吉田クン。
ネス湖にいる恐竜がネッシーだが、早稲田にいつもいる怪人はヨッシーと名付けられた。ネッシーの実在は確認されていないが、ヨッシーとは誰でもいつでも会うことができる。なにしろいつも学校にいる。確認はしていないが、写真も撮ることができて、無料だという。
ヨッシーは週に何回か、文学部の校舎から自転車に乗って出ていく。
この自転車にまたがった姿もいかにもおっさん風で好感を持てるのだが、実はこれが早稲田を離れるごくごく限られた機会なのだ。
これは江戸川橋にある、さる高校の非常勤講師という仕事のためで、おっさん風ヨッシーとしては、はた目にはジミ目でも本人にしてみればいわば出陣の勢いなのだ。
「やあ」
「お出かけですか」
校門を出るまで、何人かの学生と挨拶をしながら、自転車はいくぶんヨタヨタと、江戸川橋を目指して走り出して行く。
そのヨタヨタ姿を警備員のおっさんが、いつも心配そうな顔で見送っていることを本人は知らない。なにせヨッシーは怪人だがウシロには目がないのだ。
さて話は古くなるが、五木寛之は寝袋ひとつ持って筑豊から出て来た。
塙龍五郎に当たる人にバイクで送られ、故郷をたった。
しかし、ほぼ一文なしの状態だった。早稲田の入学式を終えると、文学部の真向かいにある穴八幡という神社の床下で唯一の荷物、寝袋を開き寝泊まりをはじめた。小説「青春の門」に沿っていえば、こうなる。
男の裸の人生のはじまりにぼくらの世代は感動したのだけど、いまの学生どう感じるのだろうか。
ヨッシークン(この際クンをつけて仕舞おう)に沿って話を続けよう。きみの自転車はヨタヨタとどこに走り出していくのだろうか。
そうそう、「青春の門」の主人公のように白鳥金丸のボクシングの授業を受けて、まずカラダづくりをしてみるのも一案だが、いかがだろうか。
とはいえシンスケシャンとヨッシーとの落差をともに許容する早稲田のふところの広さをぼくは愛してやまない。
◯
穴八幡は文学部の入り口の少し丘になったところにある八幡様。技というかお参りは「虫封じ」。お祈りをして杖を振ると、親指の爪からヒュルヒュルと虫が出る。江戸時代から有名で、カンの強い子を、江戸のおばあちゃんたちはせっせと連れてきていた。
床下に寝ると、この位置なら文学部の入り口、運動場が見下ろせて、五木が陣取った意味がよくわかる。
白鳥金丸のピンポン球練習は、よりにもよって亀田親子に真似されてまいったね。
この頃なら白鳥金丸は、恩師・市橋先生の裏口疑惑の後で、教授になっていたはずだ。お二人ともほとんど(体は小さいが)細かいことは言わず、いい人だったなあ。
地方出身の学生のために、金丸のレクチャー。
「新宿で絡(からま)れたらな、とにかく頭を下げるんだ。
相手が緩んだとこで、ボディに左アッパーカット。
あとは走って逃げるんだぞ」
これで、みんなこころはシンスケシャンになる。
いまじゃありえない。
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