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2023年07月25日15:04

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流星のひと。13 赤い花、咲いた。

「もう浪花節なんかいらないよ。若い子が歌でもやるんなら別だけんども」
 小屋主からすげなく断られる父と母、後ろから少女が一歩、踏み出した。
「おじちゃん、あたし、歌えるよ、歌わせて」
 少女はとっさに大きな声を出した(とされている)。そして少女は10歳ではじめて舞台に立ち、歌を歌った。

 ぼくは世の中でこんな切ない話を知らない。これからも耳にすることはないだろう。瞬間、あーこの人だけは絶対、幸せになる権利がある。ぼくは、ただただそう思った。

 69年末から「新宿の女」はRCAの内部の言葉を使えば大化けをはじめた。一週、万単位のオーダーを得て、30万枚を超えたところで、引き絞った弓を放つように2枚目シングル「女のブルース」をリリースした。風を切り走る弓の後を追うように、客の方が勢いよく走ってきた。すぐに100万枚の大台を越えた。つまり、事件がはじまった。

 ここは東京 ネオン町
 ここは東京 なみだ町
 ここは東京 なにもかも
 ここは東京 嘘の町〜

「女のブルース」は作曲家、猪俣公章が繰り返しの情感を狙ってわざわざ依頼してきた4行詞の曲調だった。
「はじめて歌詞を見たとき、震えたね。すごい、と思った」
「実に単純な言葉を繰り返し。なのに少しずつ感情が盛り上がって。演歌の歌詞って、不思議な力があるね。これを歌うとき、聞いている人に、四つの東京を見せることができる、と思ったもん」

 藤圭子は、この詩を尊敬していた。

 勉強家の圭子にはいちばん望ましい状態で。ある意味、東京ってやつの深さを目の前で教えられた時なのだろう。そして、それはつまりいままでこらえてきたことが、無駄ではなかったという実感も持てたのだろう。
 石坂の不当とも言える指導も、ここまで来れば、ここまで当たれば、ロマンチックな思い出に化けにそうになっていた時期とも言える。本当に利口なら、そうできたはずだ。だが、よく言えばみんなわかかったのかもしれない。それを考えるまもなく仕事が津波のように押し寄せてきていた。

 メディアに出ればそれは顕著で、売り上げが伸びた。

 オリジナル曲数曲の新人にひょいと出た企画が
「アルバムはどうだろうか」だった。
 曲がない、あり得ないと思うのだが、それも石坂と根本を引きつけた「カスバの女」などのカバー曲が想像以上の効果を上げた。
(実のところ、この時の、アルバムは売れる、アルバムは儲かるという心理がいわば崩壊の引き金になっている)

 1枚目のアルバムの中の「圭子の夢は夜ひらく」が有線で火がついていて、急いで手直しをしてリリースした。「夢は夜ひらく」は元々、榛名にある少女たちの感化院で歌われていた歌で、「榛名ブルース」と呼ばれていた。すでに「夢は夜ひらく」として数年前にヒットしていたのだが、
「あれは、こんな軽い曲じゃないだろう」
という石坂の強い意志で、根本と共に曲想を変え作り直していた。
「昨日マー坊、今日トミー、明日はジョージか…」
というフレーズは藤圭子の「詩が弱いから」というたっての希望で、圭子が書いた詞を石坂が差し込んだものだった。

 出来上がったものは、夜の街演歌をなんなく飛び越えていた。ではそれはなにかと聞かれれば、(この時期についていえば)ぼくは「’70年青春漂流演歌」だと思う。聞かれればだけれど、ぼくはこれ以上のキャッチはないと思っている。どうしても言いたければ、暗い「青春演歌」でも結構だ。まったく、蛇足だけどね。ましてカルキくさい青春歌謡などでは到底ありえない。
(この時が、10代に演歌が売れた唯一の時期、演歌が10代にいちばん近付いた時期だと思うのだが、どうだろう)

 70年代の漂流する青春は、大海に浮かぶ浮木(ふぼく)を求めていた。
 仕方ない会社勤めに戸惑い、あるものは留年し、あるいは高校さえ押し出され行き場をなくしている若者。大人はあてにならないしね。時に大粒の涙を流す亀たちには、圭子の歌が浮木(ふぼく)になったのだろう。いっとき休めたら、いい。いっとき経ったら、歩き出そう。という世界を与えたのだろう。

 数字で言えば「圭子の夢は夜ひらく」は「女のブルース」と同じように100万枚を超えた。ふたつで17週連続1位、アルバムで言えば37週連続1位といういまだ破られぬ記録を打ち立ていた。

 根本は
「いやあ、挫折とか、時代とか、特に意識したことはないですよ」
「それは石坂も、純ちゃんも同じだと思いますよ」と言う。

 台風の目にいる人は、往々にしてそういうものなのだろう。でも外心円では、突風が様々な時代の層を巻き込んで大騒ぎになっていた。夜の街演歌などという層はとっくに引きちぎれ、風の彼方に飛んでいってしまっていた。

 藤圭子は、「紅い花」を咲かせた主人公キクチサヨコとして若者の中に想起されていた。「ガロ」文化の花になっていた。無口で、潔癖で、時代に「赤い花」を撒き散らす正義の少女として、もう一度
「おじさん、わたし、歌えるよ」
と藤圭子は、藤圭子らしく口の中で繰り返した。

 歌うたびに空間には「赤い花」が舞い、若者たちは時代に押し戻されついに敵わなかった架空の正義を昼の夢にように再現させていた。
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