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2023年07月05日01:46

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流星のひと。9 神様、お願いぃーだー。

「あッ、この子はスター、間違いない」ってね一本指を突き出して、俺は大きな声を出しちゃったよ。

 亀戸のキャバレーの店長がいい子がいるから、ぜひ会ってやってくださいというんでね。その亀戸の店に行ったよ。店の中は暗くてよく見えないけど、丸いテーブルの向こう側にいたかわいい女の子が挨拶をするのさ。
「阿部純子です。よろしくお願いします」
 俺はねぇ、名前も全部、言い終わらないうちに、思わず一本指を出しちゃたんだよ。
 大きな声にびっくりして、ホール中のテーブルがこっちを向いていたよ、
「先生、まだ歌っていませんけど」
 その阿部純子が言うんだけど、
「もういい、もういい、わかってるんだから」
 そう言ってやったよ。はじめの阿部っていう声を聞いただけで、もうワッと指が出ちゃったんだからな。

 17歳の藤圭子にスターの太鼓判を押したヒットの神様、渡辺正二郎とは(オリコンの前身)「芸能市場調査」の編集長だった。そしてなにより紙面の目玉、渡辺正二郎ことナベショーのヒット予測は百発百中で、業界では神様の領域に入っていた。ほぼではなく、正真証明の百発百中だったからだ。
 ナベショーの凄さを知るには当時の音楽マーケットの生々しさ知ってもらうのが一番だろう。レコード店は日本中にあって、レコードは一店一店の注文で買取制だった。返品はできない。どのレコードを仕入れるか、それが繁盛のすべてだった。だから「芸能市場調査」は売れに売れた、そうして売れれば売れるほどさらに精度は上がり、ナベショーはヒットの神様になっていた。
 TV局もヒット予測をもとに、3ヶ月先の青田でタレントを押さえ歌番組を作っていた。ここでも神様になっていた。

 ナベショーに「どうして指を出しちゃたんですか」と聞いても、「あの顔からハスキーな声だろう」というくらいであまり芳しい答えは出てこない。ま、神の御託宣とはこんなものなのだろうか。

 ナベショーはその日のうちに、同行した音楽事務所に預けること、月給は40万円で流しはやめること、などを決めた。帰り道、デビューはキングレコードを想定していた。ナベショーの太鼓判だ、レコード会社でもその話はどんどん進んでいく。

 神様、お願いぃーだー
 ぼくのあの子にぃいーい
 街には、ショーケンのヒット曲が流れていた。

 ところが影で変なことが起きていた。石坂まさをがチャチを入れていたのだ。(新宿で流しをはじめていたし)原盤製作で行きたいという聴き慣れない注文を出してきた。事務所は、このよくわからないゴテぶりにすっかり嫌気をさしていた。 
「先生、最後の話し合いをいたしますんで、立ち会っていただけませんか」

 はじめてみれば話し合いにもなんにもならなかった。事務所は、契約どころか芸能事務所を閉じるとまで言っている。
 そこまで話が行ったところで、阿部純子は契約書を袋から出すと、かまわず一気にビリビリビリと引き裂いた。
 ナベショーは、それを咎めた。
「なんだお前は、そんな態度なら、俺の目の黒いうちにはデビューなんかさせないぞ」
(あまりにも思いやりがないじゃないか)
 亀戸であったあの時のような大声で怒鳴りつけると、席を後にした。

 その後、取材先のRCAで見かけた時も意見をしたし、やはり「デビューなんかさせないぞ」と同じ言葉を伝えた。

 ある日、渡辺正二郎が会社から出ようとすると、階段下で二人の男が土下座をしている。頭はしっかりと土に着いていた。ひとりはRCAの根本という若いディレクターで、顔はおぼえていた。
「先生、デビューさせてください」
 隣のきたないやつが続けて叫んだ。
「ワビは、(関係者に)発表しました。お願いします」石坂まさをだった。
「そうか、ワビは全員にだぞ。それなら、いいか、いいだろう」

 藤圭子のデビュー前の大仕事のひとつは、これで終わったのです。

 しかし「ヒットの神様に出会ったらなんと言われるだろうか」「ダメだと言われたら北海道に帰らなきゃいけないのか」あの日、藤圭子はどれほどの緊張でいたのだろうか。
 それに毎月の月給40万はどこに行ったのか、もはや誰にもわからない。
 契約書をビリビリに引き裂いたのは、石坂まさをの指示だったのだろうという意見が多い。けれど、いざとなると(行きすぎと言って良い)思い切ったことをやってしまうのも藤圭子の性格だ。やってしまったのか。さあどうなんだろうか。確か引退の時も、同じように突然だったし。

 渡辺正二郎は言う。
 カムバックした大分後、藤圭子のイベントに呼ばれたんだ。実のところ面倒で嫌だったんだけど帰りに、本人が
「先生、わたしにできることがあればなんでも言ってください」
と大変に丁寧に言うんだよ。
 うーん、これはね、なにか相談したいことでもあるのかなあ、と思ったよ。けれど責任のあること、簡単にできないしなあ。でもなあ、なんで呼んだんだろうと思えばなあ。うーん、相談相手がいなくなっていたのかな。最後は、ヒットの神様も思いあぐねていた。

 神様、お願いぃーだー。
 ぼくのあの子を 助けて欲しいのさ。
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