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2023年06月24日07:15

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流星のひと。6 ほら「紅い花」が飛んだよ。

 石坂まさをは、藤圭子の頬を張った。なんとも馬鹿げた行為だが、それがなにを呼び込むのか。

 石坂まさをは、どうやら謝ったらしい。らしいというのは具体的にどう謝ったのかきちんとした記録がないからだ。だが、それよりひたひたとコンスタントで力強いものが動き出し、藤圭子の支えとなっていく。

 なんと根岸襄が会社に行かず、毎日まっすぐ石坂の家に来てくれる。
 つまり、「日参(日産)セドリック」なのだ。根岸にすれば藤圭子に強く感じるものがあったのだろうし、あの修羅場に責任を感じてもいたのだろう。たったひとりでの仕事だが、石坂が口ずさむメロディをたちまちのうちに採譜し、アレンジャーを決め、スタジオを決め、次々に日程を上げていく。
 そうして圭子には、採譜した譜面をもとに曲全体を口移ししていく。勉強好きな藤圭子には、この仕事がとても健全で心地良いものになってきていることをはっきり感じさせていた。そうして、
「曲を覚えると、暗い中で歌の人に成り切ろうと一生懸命考えるんです。それが、いちばんの勉強でした」藤圭子は自分の方法を見つけようとしていた。
 
 錦糸町の裏手には闇市上がりの飲食街があった。石坂の家で内弟子となる前、藤圭子はお母さんと二人でその錦糸町界隈を流して歩いていた。
「なにか作詞の手掛かりにならないか」
「そうだ、純ちゃんの姿をそっと見に行こう」
石坂が錦糸町に行くと(その日、お母さんは休みで)、藤圭子がひとりで小さな十字路をよぎって天井の低いマーケットの中の飲食街に入ってくる。
 マジックアワーの光が左右を見渡す頬を交互に照らし、マーケットの中に入る一瞬、光が落ち、また浮き上がる。
「あの時、映画を見ているようだった」と石坂は後々までそう言う。
「先生は、あの時の話ばかりだから」と藤圭子は笑う。
 そうしてぼくたちは、NHKビッグショーで再現した声を聴くことになる。
「一曲、いかがですか」
 それは、もう汚れのない声だった。

 根岸襄は演歌にはまったく縁のない人だった。聴くのはほぼクラシックという音楽歴だったのだが、なぜ藤圭子に惹かれたのか。
「ルックスと声、その落差だよね」
なぜ当たったかという答えとしては適当だろうが、それだけではひとりの人間を日参させるほどの力にはならないだろう。

「えいっ、腹が立つ、突っ張る」

「紅い花」のキクチサヨコが、やにはにこの声を上げたのは1967年だった。
 まだ大人になりきらない半少女としての女性。生活もあるのだが、世の中のいい加減さにうまく馴染めない。つげ義春「紅い花」のサヨコは片田舎の娘だが、時代の子だった。
 その時代の子が、写し絵のように姿を変えて現れたのが、やはり北海道という片田舎から東京にやってきた未成熟な少女、藤圭子だった。(とぼくには思えるのだ。)
 丈の短い着物、ポットあからめる頬、韻を踏んだような語り口。
 純な人間にしか出せない声と姿と語り口を持つ少女。
 とまどい、試行し、時に自閉するふたりの時代の子。

 藤圭子の大ヒットの、なぜ、どうしてに「紅い花」の視点が出てこないことの方が、ぼくにはとても不思議だった。
 少なくとも若い世代には「演歌の星」という言葉は当時にしてもあまりに遠くて、「紅い花」のサヨコと少女をひそかに好きなシンデンのマサジとして時代の前に立っていたような気がする。同時代の歌い手と若者、ともに未熟な二人として。
 さて根岸は十分に「紅い花」の世代なのだが、読んでいたかは確かめてはいない。

 藤圭子の衣装は、石坂と根岸の長い戦略会議で黒のベルベットと白いギターに決めた。
「意外性でいくのです。これまでの演歌にない世界です」という言葉で上から下まで周囲を押し切った。

(偶然だろうが)黒のベルベットの足元に、ときおり紅いスポットがたかれていた。
「紅い花」の、あのシーンが生まれていた。

 キクチサヨコの腹の突っ張りは沼いっぱいに広がる「紅い花」を生み。藤圭子のふさぎ込むようなこころの突っ張りは、70年という時代の「紅い花」を生み出していく。
 それは、もうまもなくところに来ていた。
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