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2023年06月21日04:51

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流星のひと。5 正義って、なんなのさ。

「お前は誰だ」
「はい、わたくしはメフィストフエレス。
 善なること発して、悪しき事なす、その魂の一部です」
 尻尾に↑印をつけたタイツ姿の小沢栄太郎がおどけながら舞台に飛び出し、自己紹介をする。1965年の日生劇場です。

 善とはなにか、悪とはなにか。一枚の被膜に乗った裏表で、どちらが姿を見せるか、
「さあ、それは時代次第でございます」と小沢栄太郎はうそぶくのだが、それはまさにどう出るかわからないはじまったばかりの高度成長の行く先の不安を諭(さと)すような舞台だった。藤圭子が上京するかっちり1年半前の上演です。

「先生は突然、通りや信号の前でここで歌えって言ったりするし。もう大変で」
「でもねぇ、先生は、あなたを売り出すことに命をかけているのよ。少しぐらいのことは辛抱して続けるのよ」
 それは、きっと少しぐらいのことではないことは海老名香葉子さんも重々わかっている。藤圭子が泣き言を言うような娘ではないし、もう半分以上、答えを決めて相談に来ていることも想像がついている。それにあの石坂のことなら手を出すことだってあるだろう。
 でもなんとかこの場を収めるのは、「こう言うしかないじゃない」あの日ことを、香葉子さんは思い出す。

 先生とは石坂まさを、28歳の売れない作詞家で、元ロスプリモスのボーカルにレコード会社への推薦を頼まれ、それが縁で藤圭子を内弟子として2階に寄宿させている。海老名香葉子さんはその石坂に頼まれ、一時、藤圭子を日暮里の家に預かっていた。だから、藤圭子の決断を聞いてもらうには適切な人だった。

 藤圭子がデビューした70年直前は、混乱する正義の時代だった。

 そうして藤圭子も自分がずっと信じてきた正義がきわめて不安定になっていることに気づく。それは東京のせいなのか。それは大人になったせいなのか。それとも、あの石坂の暴走のせいなのか。

 藤圭子はすべての迷いを封印して歌うことを選ぶ。自分の歌で人生をこじ開けることを望んだのだ。それでも軋みが出る。その度に、自分の中で正義の旗をひと振り、ふた振りし呼吸を整えて人前に出る。その繰り返しだった。

 もっと言えば、正義の多面性を理解するには、若い藤圭子にはまだ無理があったようだ。そして叩き上げの石坂まさをには正邪の判定などどうでもよく、命がけでありさえすればすべてが許されると思っていたようだ。

 レコード会社がほぼ決まり、いよいよデビュー曲をという時にRCAの新人ディレクター、根岸襄が石坂の家にやってきた。藤圭子と2人が代わり番んこにギター弾き、歌を歌いあっていると、夕暮れになっていた。
「先生、わたし今日、誕生日だから御馳走して」
「え、ぼくも誕生日だよ」
社員証を出すと、間違いなく根岸も誕生日だった。運命が動き出したと感じた石坂は3人(内2人誕生会)の焼肉食事会を開きその後に、圭子に聞く。

「どっちの会社がいい」
「デノンがいいわ」と圭子は決まりかけていた会社名を言った。
 石坂は反射的に圭子の頬を張った。

 これだけ馬鹿げている行為もないだろう。もし頬を張るほどのことなら、はじめから聞かなければいい。
「RCAにしようよ。根岸ちゃんにお願いしてみようよ」まず先にこう言えば良いのだ。どうにもならない叩き上げ精神は、無意味に人を傷つける。

「さあ、これが、吉と出るか、凶と出るか、そいつは時代次第でさあ」
 メフィストフエレスが見栄を切った。
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