◯2007年1月19日の日記、再掲載
「おい、これを試していけ」
渋谷のガード下で、1挺のピストルを手渡された。ガードの上を電車が通過するのを待って、引き金を弾いた。カチッと音がしただけで、なにも反応はなかった。ピストルは、ただの鉄の眠いカタマリにすぎなかった。
「あー、このままで結構、結構。こんなもの持っていても、死ぬ時は死ぬ」
ガードの向こう側、渋谷警察の前ではトラックに乗った三国人と渋谷のヤクザが朝からにらみあっていた。トラックには、機関銃が乗っているという噂さえあった。
渋谷駅前のヤミ市での処遇をめぐって、渋谷警察に押し掛けた集団に渋谷のヤクザが「まった」をかけたのだ。終戦まもなく日本の警察は講和条約前の警察権の縮小もあって、弱体に弱体を重ねていた。
そのため、日本の各地で、日本の警察権が及ばない集団からの攻撃を受けていた。ここ渋谷でも同じことが起きた。これが渋谷騒擾事件と言われるものの実体だ。
双方、数百のにらみあい。日本刀の者もいれば、ピストルの者もいる。たき火が何カ所も焚かれ集まった者たちの気をさらに高めていた。
にらみあっているのは50〜60mの距離、それが狭まれば相当のケガ人はでるだろう。事によれば、死者がでるのかもしれない。
そうした日本人の集団のはずれにいた、眠ったピストルを持った男はやがて歩き出し、スタスタスタとトラックの方へ近づいていった。その歩き方には、気負いもまったくない普通の足取りだ。
相手の先頭のところまで行き着くと、友達を呼び止めるように先頭にいる男に、片手を上げ気さくに声をかけた。
「あんたたちの親方に合わせてくれないか」
あまりの平然とした物言いに、タオルの鉢巻きをした先頭の男はまるで普段のことのように受け答えをした。
「はい、はい、わかりました。ちょっと聴いて来ます」
そして、すぐに答えは出て、集団の奥に案内された。
先頭から50mほど入った奥、トラックとトラックにはさまれた空間に相手の親方はいた。椅子に座っていた。男も真向かいに座った。
そして、まずかんたんに名乗り、要件を話しはじめた。
「せっかく戦争で助かったわかいものの命だ。こんなところでムダにすることもないじゃないか」
「あんたたちのジャマをしているというなら、それはマチガイだ。
あんたたちの商売が上手くいくかどうかは、街のみなさんが決めることで、誰もジャマはしないし、できはしない。気に入っていただければ繁盛するし、そうでなければ上手くいかない。誰がやっても、いつの時代でも、それは、同じこと。警察でも、できないことだ」
男は、それだけ言うと黙って相手を見つめていた。
ひと呼吸おいて、もう言うことはないとでもいうように、フトコロに手をいれた。そして、
「どうだい、俺の言うことが信用できなきゃ、ほら」
あの眠っている冷たいピストルを抜き出し、相手の親方のヒザの前に置いた。
「こいつで俺を打ってもいいよ」
ところが、フトコロからピストルを抜き出したところで、まわりは大騒ぎになった。
バタバタバタ、バタバタバタ、あわてて這いつくばるものまで出た。けれど、ふたりの男は普通だった。つまり、話をしている最中なのだ。ひいて言えば、騒ぎが相手の男に返事を催促させたようだった。
「あなたの言うこと、わかりました」
相手の、このたったひとつの声で、もう事件の山は超えていた。
「ジャマがないのなら、わたしの方はなんの問題もありません」
これだけ聴くと、男はまたやってきた時のようにトラックの間をすり抜けて、元の集団のはずれに戻って行った。まるで朝の散歩の帰りのような足取りだった。
戻ったところに帰ると、こちら側の頭(カシラ)のものがかけつけて来た。男は、小さな声で伝えた。
「もう大丈夫だから、様子を見ながら順にみんなを帰していけ」
それから半時(はんとき)もたたないうちにトラックはいなくなった。あっと言う間のことだった。
男は、戻りはじめたトラックを見とどけたところで、まだ騒ぎの余韻がおさまらない渋谷警察の通りから、朝方、ピストルを試し打ちしたガード方へ歩いていった。もう戻り道だ。歩きながら、散歩の最後の時のように空を見上げた。
そこへ、ひとりの男が大急ぎで追いかけてきた。
「兄貴、やつらからこんなものが届いていますよ」
追いかけてきた男が持ち出したのは、白いタオルにくるまったあの眠ったピストルだった。
「兄貴、ちょっと待ってください」
山手線が通過する時を見計らって、朝、男がやったように引き金を弾いた。それは、やっぱりカチッという音だけだった。
男を追いかけてきた椎名という名の男は、なぜかしらこの不発がとても気に入ったらしく顔を見合わせると大きく笑った。
そう言えば今日の騒ぎも、このピストルのように不発に終わっていた。
「これで、よかったんだろう、きっと」
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