世の中には、力を持っちゃいけない人がいるんですね。持っちゃいけない人が力を持つと一時は良いが、やがてボケツを掘る、掘って正体があらわになった時に謝らないからね、この手の人たち。
古くはチャウシェスクとかいましたね、怖い顔して怒鳴っていました。ここんとこではプーチンさんですね、顔つきがもはや人間離れしています。
我が国では、ジャニさんですね。
ボケツを掘ってましたね、えー、ボケツ、若い子のねボケツが大好きで都合、60年ボケツ人生、掘るもんの人生でした。どうして止めなかったんですかね。
はじめは原宿の代々木ハイツという米軍施設から、ボールを片手に出てきました。
「みんな、野球をやろう」子供に声をかけて、野球をはじめました。
実はこれはある人の真似です。モノマネの芸人さんがいて、不遇の時があって原宿で子供とボール遊びをしていた。これを遠く見ていた(のだと思います)。というのはその芸人さんは有名なゲイピープルだったんです。なんとも真似しやすいでしょう。(ただしモノマネさんはイタズラはしなかったです)
「なんで子供とトイレに駆け込むんだ、変じゃないか」
という声も早くから出ていました。けれどそこで威力を発揮したのが、代々木ハイツに住んでる軍属という立場、当時、軍属という職業はCIAの関係者というのが共通認識。警察が手を出しにくいし、圧力もあったと言われています。もはや真相はわかリません。
日比谷に三信ビルというのがあって、あのマッカーサーの拠点、駐留軍本部(第一生命ビル)と道路をはさんでいます。本部のすぐそばには必ず秘密のものが、はい三信ビルは情報組織の巣窟とされていました。
イザヤ・ベンダさんこと山本七平さんは、フィリッピンの収容所で
「今すぐ帰国させてやる、ただし帰国したらまっすぐ三信ビルに来るように」
と情報将校に約束をさせられた、と書いています。山本さんは帰国するとすぐ山の中に3年ほど逃げ込んだそうです。ま、ことほど左様に三信ビルは情報組織の巣窟だったわけです。
情報と同時に、三信ビルには芸能事務所がありました。アーニー・パイル(接収された宝塚劇場)という米軍向けの劇場ができて、そこに荷物(出演芸人)を入れる組織が必要になったのです。
「なんでこんな話が必要なのか」と、まあ、みなさん思うわけです。
大いにあるんです。ここに渡辺プロ、ナベプロがあったのです。ジャニーさんは、強力なコネ(情報系と思うのが必然かな)を使って子供たちにナベプロでレッスンを受けさせたのです。しかも、このギャラを踏み倒したというのは、知られた話。普通に考えればナベプロは危ない筋にはそれ以上関わらない道を選んだというのが理解できるところです。
三信ビル内の情報組織のコネを十二分に使って芸能界に食い込んできたと思われる、ジャニーさん。しかしこの時には駐留軍は次第に姿を消しはじめていたというのも真実。しかし逆に言えば駐留軍関連の人たちが強力なコネを駆使し、ウマイ話を日本の中につくり上げようと躍起になっていた時代でもあったのです。
それは情報ビジネスの最拠点、テレビ局とのコネクションも当然、あるのでしょう。
さてジャニーさんは、(情報組織という)謎の傘の下で行動することで、大好きなボケツ人生のやりたい放題が可能になったのです。いくら掘るもんしても叱られない。合宿所という掘るもんの殿堂の王様、地獄の黙示録のカーツ大佐ならぬカーツ・ホルモンです。
「えーと、あなたは、あのことが事実のように話を進めていますが大丈夫ですか」という声に答えます。
ぼくは、60年前、山手線で渋谷から高田馬場に通っていました。もうその時から代々木ハイツの変なおじさんは十分、有名でしたよ。北公次さんの本を待つまでもないこと。ボケツの真偽は、変なおじさんの術中にハマルだけです。
ジャニーズの姿を絵解きしておきます。いわば「ジャニーズはだまし絵」です。
真白いカーボーイ姿の少年がいます。前から見ると、ジャケットの袖には長いフリル、動くたびに揺れています、ローハイドは気持ちよく広がって。少年はニッコリ笑います。けれど、後ろから見ると、ローハイドのウシロはすっかり裂けていて少年は素裸で何もはいてません。剥き出しのパンツもない少年の尻、ローハイドの革紐が食い込む、その尻は悲しいほどうすい肉付きです。これが、ぼくの考えるジャニーズの真の姿です。
十分、事態を伝えているでしょうか。
注:ジャニ問題の核心は、お母さんの問題というのが僕の意見ですが、この意見を進めると禁止用語バンバン、でとりあえずソフト版として隠れたジャニの小歴史を書きました。お母さんの美意識が持続的な問題をひき起こしていると思っています。
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