◯2006年10月13日の日記、再掲載
[汚れちまった青春ー9]
(馬太男がとっても人気が高いのでもう1編、書きます。書かせてください。エロがないけどごめんなさい)
ぼくらは高校2年で修学旅行に行きました。北海道です。前線座事件から2年たっています。あの18禁の加藤も、もちろんいっしょ。
ぼくらはとっても自由で、何をしてもよいのです。旅行中は私服で出て歩いて、他の学校の連中(とくに女子高の様子)をちらっと見て帰りにバーを見つけ、
「じゃあ、一杯、飲っていくか」
とビールかカクテルを飲んで、旅館に戻ります(と言ったって一杯とは名ばかりのマネ事)。その声かけは、やはり18禁の加藤です。
洞爺湖温泉という温泉街の通りをいつものように歩いていたら、ぼくらは目立つのかな
「どっから来たの」
「へぇ、そんなカッコでもいいの」
はじめのひとりが声をかけると、いろいろな高校生が次々に声をかけてきます。10mに1回といってもいいくらい。中には
「お前ら、なにカッコつけてんだよ」
なんてのもたまにはいたけど、
「ずーと声をかけたいと思っていたんだ、オレたち」というくらいのすれちがいのご挨拶。これが旅館に戻り、加藤にかかると「やー、38回もからまれちゃって」となるからスゴイのだ。
ところがまずいことに、実際にからまれたのがいたらしい。けれど、ぼくらはそんなことはまったく知らないわけで。部屋で寝そべっていると、猛牛のように柔道部顧問の武田が飛び込んで来た。
「お前(めぇ)ら、なーにやってんだ」なんと茨城なまりだ。
「ちょろちょろ、してっからだ」
と全部を言い終わらないうちにパンチがやってきた。それもぼくのところにだ。「よせよ、もう」
武田は国体の柔道のチャンプで、手はビッグマックのようにぶ厚い。それが首すじにバーンで、ぼくは吹っ飛んだ。
「それはまちがいだ」
と言おうと思ったがあきらめた。脳筋野郎*に何を言ってもムダ「わかってることじゃないか」。
次の日、洞爺湖から札幌に戻る列車の中、ぼくらの車両のドアがガラッと空いた。なんと、突然、馬太男です。
ぼくらのシートまでやって来て
「おーい、ここ空けろ」どかっと座るとすぐに
「煙草、あるか」と言うのです。
ぼくは煙草は吸わないので、(確か)加藤に
「おい、出せよ」というとスグにだした。(実のところ加藤だって、ホントに吸っているわけじゃない。けれど持っている)
ぼくは、シャレで2本まとめて出すと、馬太男は
「お前らな、口の先で、吸ってるからだめなんだ」と人指し指と中指の間に1本、中指と薬指の間に1本、2本をいっぺんにはさんで吸い出した。すごい煙りで、まるでノロシのようだ。
馬太男は50才くらい、白髪で鼻が高くて、仕立てはいいのだと思うけれど、大分くたびれた背広を着ていた。そんなおじさんだった。なぜかすごい煙りさえ、よく似合います。
ぼくは、「ぼくも吸います」と言って、吸ったことのない煙草に火を点けた。すぐにぼくも、オレも、と回りの10人くらいがそろって吸いはじめる。もっともっとすごい煙りの塊りになって、もう箱中がもうもう。
馬太男は、そのど真ん中でにこにこしていて、まるでインデアンの酋長だった。
「お前らな、上野のナイルって喫茶店、知っているか」
と話しをはじめる。どうやら馬太男は、上野の“文化不良”だったらしい。作家とか、絵描きとか、役者とか、いずれにしろタマゴばっかりの生活だ。
でも、まあ、そんなことはどうでもいい。馬太男は、吸い終わり話し終わると、悠然と車両を出ていった。
ぼくは、背中にパチパチパチと拍手をした。少し遅れてみんなが拍手をした。だんだん音が大きくなった。馬太男は、「なんだ」とほんの少しだけ振り返った。
ぼくは、わかっていた。馬太男は、パンチされたぼくをなぐさめにきたことを。あー、はじめての煙草は目にしみる。
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